アルパカコネクト1周年!

アルパカ音頭だ!アルパカ夏祭り!

 無限に続く回廊のように、左右にずらりと出店の屋台が連なっていた。その中心には、何やら大きな白い塊がひとつ。遠目にはその仔細は分からなかった。


「会心の出来だね」
「流石だな」
 満足げに呟いた奥村 英治に、植村 直哉が頷く。二人の視線の先には鈴鹿 るり子と井伏・文がいた。
 淡いミルクティー色の髪を編み込んで藤模様の浴衣と合わせたお嬢はしっとりと落ち着いた品格を纏っている。一方のふみちゃんはと言えば、大胆に大柄の彼岸花をあしらったモダンな浴衣に華やかな夜会巻きがよく映える。身長が高い彼女だからこそ出来る装いだ。
「準備は、出来ましたか」
 家令である成瀬 林太郎が顔を覗かせる。主人の首肯を受けて、五人はいざ、祭りへと出陣したのだった。

「祭りって言ったら俺でしょ」
「そうなの? 初耳だよ」
 ペコラとルーゼティア・ルーデルクラフトの二人が、並んで屋台を組み立てていた。ペコラはMUNAGE、ルーゼティアは射的の看板を掲げている。MUNAGEって何かって? そりゃ、ふわふわでもこもこのアレ綿飴に決まってるっしょ。
「まつり――しる、しない」
 二人は何をやっているのだろう? ユゥラ=フォンは首を傾げる。
「もうちょっとしたら始まるねぇ」
 ざわめき始めた祭の気配を感じて、シルヴァーノは手にした紙コップを傾けた。手招きすると寄ってきたユゥラを傍らに撫でながら、彼はその時祭の始まりを待っている。

「ねえ、彼女たち――と」
 高嶺の花に声を掛けようとしたナンパ男が、林太郎に腕を叩かれて退散する。
「何か、御用でしょうか?」
 あくまで丁寧に、だが一歩も妥協を許さぬ無言の圧を添えて。
「いやー、楽でいいわ」
「ホント。頼りになります」
「貴方たちも仕事をしてください」
 直哉と英治もそこへ並ぶと、何かテレビか映画の撮影かのようであった。
「黙ってりゃ面が良いのに」
 文の感想も尤もである。言うなり、彼女は傍を通り過ぎる祭の客へと声を掛けた。
「あ、お嬢様。もう一枚写真撮りましょ。すいませーん!」
 道行くコスプレイヤー異界の人を巻き込んで浴衣の写真撮影に余念がないあたり、文だってはしゃいでいる。

「おい、そこのお前! 出来立ての綿飴はいらないか?」
「ちょっと、私のお客さん取らないでよね。射的の方が面白いですよ!」
 屋台の前を通りがかった鈴鹿一家に、ペコラとルーゼティアが呼び込みを掛ける。
「射的か……エージ、どうだ?」
「いいのか、直哉。俺の得意なもので」
「男に二言はねえ!」
 直哉が英治に勝負を持ちかける。英治も二つ返事でそれを受けた。
「おっ、盛り上がってるね。景品少し足しとこうか」
「あーっ、それ倉庫に置いてあった特級の龍の鱗だよね!?」
 あれもこれも、と何やら謎の素材を並べ始めるシルヴァーノにルーゼティアは目を剥いて詰め寄る。
「いいのいいの、お祭りなんだし。ルールーもうるさい事言いっこなしで」
 一気に賑やかさを増した喧噪に、るり子の笑みが深くなる。

「すまんね。騒がしくって」
 ユゥラを肩車したペコラが、人の輪から少し外れて様子を見ていたるり子へと話しかけた。
「いいえ、お気になさらず。活気があってとても面白いです」
 微笑むるり子はペコラの胸元にふと、目を留めた。目に鮮やかな真紅の髪とは対照的に、彼の胸元を大きく押し上げているMUNAGEはどこまでも純真なピュアホワイトである。
「おっと、これは綿飴じゃないぜMUNAGEだぜ!」
 冗談めかして胸元を隠したペコラを気に入ったのか、るり子は五人分の綿飴MUNAGEを注文した。普段はあまり縁がない、庶民的な娯楽に彼女の心も弾む。とっておきのトラ柄綿飴を作ると意気込むペコラがバーナーを持ち出したのを見て、さすがの彼女も目を丸くした。

 レイヤーの写真を撮って戻ってきた文は、直哉と英治の様子を見て自分が出遅れたことを悟った。お嬢様は何やら屋台の店主と話し込んでいる。視線の先には――少し手持ち無沙汰な様子の林太郎の姿があった。
(これ、合法的になるたろーをぎゃふんさせるチャンス……?)
「勝負だ、なるたろー!」
 思ったときには既に身体が動いていた。真っすぐに林太郎を指さし、文は宣戦布告する。
「指を下ろしなさい。外では言葉遣いに気を付けなさいと何度言ったら――いいでしょう、その勝負受けて立ちます」
 主人に向けて目配せひとつ、林太郎も文の挑戦を受けて立った。種目は金魚すくい。掬った出目金はもちろんお嬢様への献上品だ。

 二つの屋台を眺めながら、ユゥラはゆらゆら、首を振っていた。いつもよりも星が近く、賑やかだ。これが『まつり』というものか。遠くに聞こえる音楽もまた、楽しかった。
「向こうに氷菓子売ってたよ」
 いつの間に外していたのだろうか、シルヴァーノがかき氷と酒をもってペコラとユゥラの元にやってくる。店番に忙しい面々の代わりに(?)祭を彼は満喫していた。
「おう、サンキュ」
 ペコラもコップを受け取って酒を呷る。普段は縁がない、キンキンに冷えた刺激冷蔵庫で冷やしたビールが堪らなく美味かった。

「はい、矢は5本だからね。頑張って!」
「ルーデルクラフト、がんばる、する」
 勤労に勤しむルーゼティアに、ユゥラが声援を送った。直哉と英治に弓と吸盤付きの矢を渡しつつ、彼女は額の汗を拭う。隣の屋台のせいで炙り焼きになりそうだ。
「ちょっと、こっちまで火が来てるんだけど!」
 ケバブよろしく綿飴を火で炙るペコラに詰めよって、そのMUNAGEを容赦なくむしり取った。
「痛ってぇ!?」

 よろけるペコラ。射的の的の前を遮った彼の額に、直哉の放った矢が的中した。
「ゴルァ、そこの若造待てや!」
「うわ、ごめんって!」
 慌てて逃げる直哉を追って、ペコラは走って行く。
「待って、ユゥラちゃんは置いてって!」
 更にその後をシルヴァーノが追いかけていった。
「勝負は俺の勝ち、なのかな?」
 置いていかれた英治が頬を掻く。

「睨んでるだけじゃ、金魚は掬えないよ!」
 文は調子よく出目金をポイから器へと移していく。既に彼女の持つ器には4匹の金魚が泳いでいた。一方の林太郎は先ほどから水槽の片隅を睨んだままだ。彼が狙っているのは、水草の下を優雅に泳ぐキャリコの蝶尾出目金。本来なら個別に値が付くようなお高い品種だ。
「そこです」
 最小限の手首の返しだけで林太郎は目当ての金魚を掬う。改めて見るとその立派さは明らかだった。
「あっ!?」
 林太郎の成果に目移りした文の手元が狂う。掬いかけた出目金は宙を泳いで、英治の浴衣の肩口から腕を滑って手首の方へ。
「おっと!」
 滑る感触に背筋を粟立たせながらも英治が金魚をトスすると、もう一度それは来た道を泳いで文の持つ椀へと飛び込んだ。
「これは教育的指導ですね」
 敗者の悲鳴が宵闇に消えていった。


「ここ、どこなの?」
 気が付けば、賑やかな祭の最中にウォルナ・パイパースはいた。困惑しつつ辺りを見回すとちょうど同じ年頃の少女と目が合った。
「あなた、観光に来たの?」
 霧ヶ原 美亜も一人で遊びに来たが、少し変わった風体AnnihEpica出身の人々に戸惑いがあった。誰かを誘おうかと思っていたが、この少女ウォルナなら気安そうだし楽しいんじゃないだろうか。

「はい、出来たよ」
 お互いに髪を結い合いながら、自己紹介をする二人。どうやらここは、アルパカ音頭の行われる祭会場らしい。
「良かったらミアも一緒に回ってくれない?」
 ウォルナの提案に美亜も二つ返事で頷いた。

 むぐ、と噛り付いたチョコバナナを飲み込んで護国・マコトは視線の先の知り合いへと声を掛けた。
「――あっれ、霧ヶ原ちゃんじゃん」
「あ、護国さん!」
 綿菓子にりんご飴、ソースせんべい。ぐるりと食べ歩いていった美亜とウォルナは、今は腹ごなしに射的の屋台で遊んでいた。
「試しと思って遊びに来たけど、賑やかだね。浴衣美女もさることながら、今年はコスプレもみんな気合入ってる」
 お兄さんは楽しいよ、と笑うマコト。美亜は声を掛けられた拍子に的を外してしまい、店主から残念賞の駄菓子を受け取る。
「そちらの方は?」
「行きつけの喫茶店でよく一緒になる常連さん」
「よろしく~。お詫びにひとつ奢るよ」
 そんな他愛もない話をしながら屋台の間を巡っていくと、高笑いと共に三人に声を掛ける者がいた。

「はっはっは。そこの美男美女ボーイミーツガール。お祭りのお供に流行の雪の妖精マリトッツォはいかがかな?」
 やたらと人目を引く覆面にパン職人の衣装、黒いマントを羽織ったその人こそマザキヤ仮面だ。呼び込みの口上が若干おじさんくさいのが玉に瑕だが、マザキヤ謹製のマリトッツォの味は確かなもの。格好の物珍しさもあって屋台には人だかりができていた。
 SNSで流行のスイーツに、チョコ細工でシマエナガの目、嘴、足をあしらったそれはとてもかわいらしい。
「わ、かわいい」
「これ良いですね!」
「うん、じゃあそれにしようか」
 女子二人に言われるがままにマコトはマリトッツォを3つお買い上げ。
「ポイントが溜まったから特製のお皿をプレゼントだ!」
 これはおまけと白磁のボウルを1つ受け取った。


「ちょっと! ウチはそーいう店じゃないの!」
「あたしは気にしてないからさ。アルミレアも、お客さんにそう突っかかるんじゃないよ」
 チョコバナナにタコ焼き、トウモロコシ。両手にいっぱいの食べ物を持った篠森 繭とバクル・バスリーの行く先で、何やらひと悶着起きていた。
「――何の騒ぎだい?」
 追いついた鏑城 彰斗が声の元を見遣る。そこには、アルミレア・A・アンダーソンとシリス・アローゼアが並んで屋台を出していた。どうやらシリスをナンパしようとした不届き者がいたらしい。それを咎めたアルミレアの声が、注目を集めてしまったようだ。

「ん……と、お客さんね。へ〜いらっしゃ〜い」
 視線を集めたことを悟ったアルミレアは少しばかり居住まいを正す。だが、その声にやる気はさほど感じられなかった。
「このお店は何を売ってるの?」
 バクルはそんなアルミレアに興味をもって質問する。彼女の店先には、コブのようなものが生えたサンダルに、テカテカした服。それに白いぬいぐるみが映っていた。
「アルパカグッズよ。こっちは健康サンダルに、スウェット。あとは見ての通り、ぬいぐるみ」
「す、スウェット……?」
 アルミレアが発した耳慣れない言葉に戸惑うバクル。スウェットとはこの服の事だろうか? 試しに触らせてもらうと、つるつるした手触りで思っていたよりも軽い。
「エドゥノーグも色々あったけど、やっぱり世界は広いなぁ」
 バクルは目をキラキラさせて言う。

「食べ物が良かったらアルパカ焼きはどうだい?」
 グッズにはあまり興味が無さそうな様子の彰斗や繭にシリスが声を掛けた。熱した鉄型に油を引いて、生地を落とす。小麦粉と砂糖の甘い匂いが立ち上った。
「アルパカ焼き! 美味しそうだね」
「これ、味は選べるのかい?」
 目の前で色づいていくアルパカ焼きを見つめながら、彰斗はシリスに質問する。繭の瞳が『これも買っていこう』と物語っていたし、彼自身も焼きたてを食べたかった。
「こしあんが基本で、あとはプレーンかカスタード。チョコレートもあるよ」
「じゃあ、全部食べたい!」
 歓声を上げた繭に向かって頷くと、彰斗はミックスで三人分を注文した。
「お兄さんもお姉さんも浴衣、よく似合ってるからおまけしたげるよ」
 焼きあがったアルパカ焼きを景気よく紙袋に放り込んで、シリスが笑みを零す。

「アルパカ焼き買ったんだね?」
 結局スウェットとぬいぐるみを買ったらしいバクルも戻ってきて、皆でアルパカ焼きを摘まみながら歩き始める。
「こういう色んなスイーツを楽しめるの、いいよね!」
「きっとこんなに美味しいのは、みんなで楽しさを共有してるからだね」
「――そうだな。向こうにまだ行ってない屋台がありそうだ。行ってみないかい?」
「浴衣、いいなあ。ぼくもどこかで借りられないかな?」
 陽気な音楽に誘われて、そぞろ歩きの三人は人の海の中へと消えていった。


 夕闇に浮かぶ提灯の灯りに照らされて、黒猫が躍っていた。新調したばかりの浴衣を身に纏った羽野・遥奈の足取りは軽い。
「ふふーん、今日は絶好調だったよね」
 その手には金魚の入ったビニール袋が提げられている。真っ先に目に入った金魚すくいの屋台で勝ち取った彼女の戦利品だ。自己新記録を更新して、その中から活きのいいのを三匹選んできたのだ。これなら近所の猫と一緒に眺めても楽しいだろう。

 幸先のいいスタートを切った彼女の視線の先に、『からあげ丼』と書かれた屋台が目に入る。
「そこを行くお嬢さん。ちょっと寄っていくのだ」
 法被を着たストレガ・L・リベルガストラが遥奈へと声を掛ける。そう言えば夕飯をまだ食べていなかった。踊りの前に、軽くお腹に入れるのも悪くない。
「鶏肉、猪、ワニにカエルもあるのだ。好きなのを五個選ぶのだ」
 下味を付けた肉をその場で揚げて、どんぶりご飯の上に乗せてくれるらしい。
「ワニにカエルってホンモノなの?」
「嘘はつかないのだ。ディズル産の新鮮なお肉と特製のお米なのだ」
 ディズルがどこかは遥奈には分からなかったが、自信満々のストレガの様子につい引き付けられる。
「えっと、それじゃそれぞれ一個ずつとお勧めをもう一つで」
「まいどあり、なのだ」
 ストレガから湯気の立つ丼を受け取って、遥奈はぐるりを見回す。どこか、座って食べる場所はあるだろうか?


 美亜にマコト、ウォルナの三人は屋台の並ぶ通りを大きく回って会場の端までやってきていた。
「あれ、何だろう?」
 美亜が目を留めたのは、看板も何もない一つのスペース。正面に回ってみると、椅子と申し訳程度に白布で飾れたテーブルが置かれていた。その横に墨痕鮮やかな立て板がひとつ。

『怖い話売ります』
「おっ、聞いてく? オレの実際に体験した、マジモンの怪談だよ」

 声を掛けたのは岸 朱史だ。どうやらワンドリンクで怪談を聞かせてくれるらしい。踊りが始まるにはまだ少し時間もある事だし腹ごなしに――と座る三人の顔を見回してから、朱史は語り始める。

「そう――あれは、ある雨の日の事だった……」

 軽薄な第一印象はスッと鳴りを潜め、陰鬱な、少し聞き取りづらいぐらいの声音でドッペルゲンガーとの遭遇譚を朱史は三人に語る。声が小さいこともあり、自然と顔と顔が近くなった。

「――そこで、オレが出会ったのは」
『おう。誰に断ってここで商売しとるんじゃワレ』

 話が佳境に入ったところで、頭上から声が掛けられた。見上げれば、明らかにその筋の方が朱史を見下ろしている。

「やっべ、ごめんなさい!」

 客を置いて脱兎のごとく逃げ出す朱史。それを追っていく男。後には呆然とした表情の美亜にマコト、ウォルナが残されていた。

「――踊り、見に行こうか」
「そうだね」

 気が付けば、重かった腹具合も適度に軽くなっていた。


「わーいっ、お祭りだー!」
 歓声と共にハーヴィが駆けて行く。
「あ、待ってハーヴィ、一人で、行かないで……」
 ハーヴィを追って周囲を見回すユズ。ふと、ユズは木陰に立つ人影に気がついた。ハーヴィの袖を引いて、その人陰に近づいてゆくと、手が届くほどの距離に寄ってようやくその男は二人に視線を向けた。
「どうした。ここは『化物横丁』――迷い込んだのか?」
 声を掛けたのは、沢田・烈司だ。顔見知りの連中共々、もこもこなアルパカ着ぐるみに捕まったかと思えば、否応なしに仮装をさせられ屋台の店番を任せられたのだ。不平不満は尽きないが、ここがどこかも分からない。幸いにして身の安全と仕事後の報酬は払うということだったので、仕方なく出店を手伝っている。
(どうして僕が)
 問いかけをぶつける相手はいないし、ただ黙って立っているだけも暇で仕方がない。迷い込んだ獲物客人の相手でもするしかなかった。
「案内が必要なら、僕に着いてくるといい」
 そう呟くと、ゆらり、幽霊はハーヴィとユズを伴って横丁の奥へと進んでいった。

「お客さんですか?」
 手元の本から視線を上げて、仮名 零音が烈司へと呼びかけた。一面に白や薄青の綿をデコレーションしたこの一角は、足元すらはっきりとは見えない。雲海の中に浮かぶ小屋の中に、翠の鱗を持つ龍が佇んでいた。
「ここは……?」
 鱗と角の仮装をした零音に向けて、ユズが問いかける。リザードマン竜人に少し似ているが、それよりも自分たちに似たその姿にユズは親近感を覚えていた。
「ここは、ふわふわ雲の綿飴屋。雲を紡いで飴にするんです」
 零音がそう答えるとハーヴィが目を輝かせた。くるくると立ち上がる雲のような綿飴を巻き取って、零音から手渡されるままに口へと運ぶ二人。
「美味しい!」
「ふふ……れいじさんも、どうぞ」
「いや、僕は」
 断りかけた烈司だが、普段よりも楽し気な零音の声音に断り切れず綿飴を受け取る。
「こういう夏の思い出も良いですね」
「――あぁ」
 頷く声は、穏やかな満足に満ちていた。

「いらっしゃ~い」
 綿飴屋を後にした三人がやってきた屋台は、『あとらくしょん』と看板を掲げていた。白いフードに大きな山羊の耳と角を付けた冨和・茉白が手招きをしている。
「一緒に遊ぼうよ」
「どんな遊びなの?」
 ここでは、けんけん鬼が出来るらしい。子は捕虜を逃がして自分の陣地に戻れば勝ち。その前に鬼に捕まったら負けの簡単なルールだ。片足ピンザの山羊に扮した茉白の手から逃れるべく、ハーヴィもユズも息を切らせて懸命に跳ぶ。
「ほらほら、捕まえちゃうよ!」
 茉白が思い切り手を伸ばす。その隙間を縫ってユズは陣地へと飛び込んだ。
「うわわっ、負けちゃったね」
 転びそうになりながら茉白が両足をつく。無事に逃げ切った二人には、黒糖の麩菓子がプレゼントされた。

「化物横丁、楽しんでくれてる? 僕みたいに可愛い子が揃ってるでしょー!」
 横丁を折れた先にハーヴィとユズが差し掛かると、角の屋台から声がする。金魚柄がかわいらしい浴衣ドレスに、ネコミミと尻尾を付けた猫又に扮した三五月・藍だ。
「金魚すくい、やってってよ!」
 薄紙で出来たポイを藍に手渡され、二人はタライの前にしゃがみ込む。赤や黒、まだらの金魚がすいすいと泳いでいた。
「――えいっ!」
「あっ、破れちゃった……」
 慣れぬ金魚すくいに悪戦苦闘するハーヴィとユズ。その様子を見て、藍はクスクスと笑っていた。
「難しい? ど~してもって言うなら、教えてあげる!」
 思わせ振りに耳打ちする藍に、ハーヴィは頷く。しょうがないなあ、と勿体ぶって渡されたモナカ生地のポイを使うと、今度は簡単に金魚を掬うことができた。

 いつの間にか、烈司の姿は見えなくなっている。ハーヴィとユズが二人、道なりに進んでいくと横丁の終わりが見えてきた。
「あっ、ほら師匠、師匠! 見て下さい、これ!」
 角の出店を見てハーヴィは歓声を上げた。蛇神に変装したティルクが店主を務める飴細工屋には、様々なフルーツを使った飴がキラキラと灯りを跳ね返していた。
「美味しそう、だね……」
「何にしようか迷っちゃうなぁ。どーれーにーしーよーうーかーなー」
 顔を突き合わせて飴に見入る二人に、ティルクが声を掛ける。
「とっても美味しいですよ。それはもう、病みつきになるほどにね」
 含み笑いをするティルクの口元に、長く伸びた舌が見えた気がしてユズはハーヴィににじり寄る。
「あまり迷っていると……バクリ! と丸のみにしてしまいますよ、ふふふ……」
 その様子を見て、ティルクは殊更にユズを脅かして笑った。
「よし、これに決ーめたっ。はい、師匠も一口いかがですか?」
 暫くしてからハーヴィは一つの飴を手に取って、ユズに手渡す。
「えっ、これ……いいの? うん、甘酸っぱくて、美味しい」
「ふふっ。りんご飴、って言うんですって」
「綺麗な赤、だね……お祭りの灯みたい」
 飴を食べ終わったハーヴィとユズは、ティルクに飴代を払って立ち上がる。りんご飴と同じ、真っ赤な提灯が櫓を照らしていた。


 揃いの浴衣を着た女性らが、また新たに化物横丁にやってきた。
「いらっしゃい。お客人、どうしましたか?」
 芝居掛かった様子で酒呑童子が煙管を吹かす。付け角と血糊のついた浴衣、それに徳利を提げたその姿はいかにも伝承に名高い鬼のもの。縁黒・猟児は日本という国に伝わる伝説の鬼に扮しつつも、祭を楽しんでいた。

「ちょっと道に迷っちゃってね」
 愛妹の姿を身体で隠すように、半歩前に出ながら彩木・香乃は猟児へと答える。その後ろから、彩木・琉花は姉の服をきゅっと掴んでいた。夜店の仮装だと分かっていても、堂に入ったその様子は威厳を感じさせる。二人をちら、と見て、今度は猟児は猪口から酒を呷って笑う。
「そう……ですね。今は表も人通りが多い。良ければしばらく横丁で楽しんでいくのがいいのでは」
 例えば、射的など如何です。そう言って、ガス銃を香乃に手渡す猟児。先ほどまでの威圧感が嘘のように今度は朗らかな雰囲気を纏う、その姿に琉花が釣られて笑みを浮かべた。

「おねーちゃん、琉花、あのぬいぐるみが欲しいな!」
 並べられた景品の最上段に、特大の白いアルパカのぬいぐるみが鎮座している。台座を工夫して絶妙な位置に置かれたソレは、落ちそうで落ちないギリギリのバランスを保っていた。
「よし。それじゃあ見ててね。琉花に私の全てを捧げよう」
 瞼に掛かる髪をかき上げて、香乃はガス銃を肩に当てて構える。ピタリ、と照準をアルパカの足元に合わせ、一、二の――三で引き金を引く。

 ――パン!

「お見事」
「やったぁ!」
 コルク弾で後ろ脚を払われたアルパカは、バランスを崩して棚の後ろへと落っこちた。
「では、これを貴女に」
 跪いてぬいぐるみを捧げた香乃を、琉花はぬいぐるみごと思いっきり抱きしめた。
「おねーちゃん、取ってくれてありがとー! 次は綿飴、食べに行こうよ!」
「この先には綿飴の屋台もあります。どうぞ楽しんで」
 笑みと共に手を振る猟児に見送られ、琉花は香乃の手を引いて屋台を後にする。


 イズレンディル・パラリムとコルネリウス・アーラの二人は、浴衣デートを楽しむうちに化物横丁へと迷い込んでいた。いつの間にか周囲にも人の姿が増えている。
「ネリー、逸れないでくださいね」
「ええ。手を――握っててください、ディリー」
 それぞれの手をしっかりと確かめながら、二人が人混みをかき分けながら進んでいったその先は、品川 未織が店番をする、似顔絵の屋台だった。
「どうぞ、座っていって?」
 未織の顔の半分ほどを隠す大きなマスクが気になりながらも、勧められるままに座る二人。
「ふふ、お二人ともとても綺麗な瞳の色ね」
 にこやかに話しながらも、未織の絵筆は止まることが無い。瞬く間にスケッチブックには向かい合って笑うコルネリウスとイズレンディルの姿が描き出された。美男美女で知られるエルフの二人を、更に優れた技法を持つ未織が精魂込めて描き上げたその絵は、ちょっとした芸術作品だと言っても過言ではない出来だった。
 出来上がりを見て歓声を上げるコルネリウスに、未織はページを切り取って渡す。
「ねえ、ところで――私、キレイ?」
 マスクの下には、耳近くまで大きく裂けた真っ赤な口が。驚いたコルネリウスは、思わずイズレンディルにしがみついてしまった。

 まだ、鼓動が速い気がする。
「びっくりしましたね」
「本当に……」
 化物横丁とは言っても、並ぶ屋台は表通りとそう変わりないらしい。どこか座って休みたいと並んで歩くうちに、二人の両手には焼きたての醤油が香ばしい焼きイカや、艶々のりんご飴などが持ちきれない程になった。
「美味しそうですよ! ネリー、食べてみますか?」
「いいんですか? 頂きます……ん、美味しいですね!」
 仲睦まじげな様子の二人に、柳の枝の下から麒麟堂・W・千之が優しく微笑んだ。
「そこのお二人。良ければ占いなどいかがでしょうか?」
 白衣を死に装束に見立てた千之の仮装は、ぱっと見には生気が感じられないほど本格的だ。そんな彼の発する言葉は、不思議と逆らい難い魅力をもって二人の耳を打つ。
 どうしようか、と頷き合ったイズレンディルとコルネリウスは、ややあって千之の前に並んで座っていた。
「そちらの女性の君。貴女は――過去に辛い思いをしましたね」
 ゆったりと話す千之の言葉から、意識を逸らせない二人。初対面のはずなのに、目の前のこの男性はイズレンディルとコルネリウスの過去を恐ろしいほど的確に言い当ててくるのだ。
 妖怪じみた不気味さを漂わせる千之は、占いをこう締めくくった。
「君たちは、何処か、遠いところで大きなことを成し遂げる運命にあります。きっと、その後には幸せが待っているでしょう」

 不思議な体験をしたイズレンディルとコルネリウスは、横丁の外れにあるかき氷の屋台に居た。先ほどの占いで少し緊張したのか、喉が渇いてしまったのだ。
「いらっしゃい」
 寡黙な雪女、四四-八が切り盛りするかき氷屋はひんやりとした冷気で満たされている。紋具も無いのにどんな仕掛けだろうか、異界の技術に戸惑う二人。
 一方で、四四-八自身も突然こんなバイトに放り込まれて困惑が無いわけではない。だが、自身をあっさりと拘束したあのアルパカに逆らってはいけないと、本能が訴えていた。それに普通の学生らしい事をするのが少し楽しくもある。
「はい、これ。イチゴとメロン」
 天然氷を山盛りに削って、フルーツの入ったシロップを掛ければかき氷の出来上がりだ。差し向かいに座った二人は、互いにかき氷をスプーンで掬って口元へ運びあっている。
「こっち、果物がたくさん乗ってます。ディリーもどうぞ……あーん」
「ん、美味しいですね。ネリーのあーん付きだなんて、とても贅沢です」

「――ごゆっくり」
 そう呟いた四四-八には、珍しく感情が口元に現れていた。こんな時に彼は、何処で何をしているのだろうか。


「なんだ、ここ……気味が悪いな」
 八葉 あいらは一人、屋台と屋台の間を縫って歩いていた。どこまでも続く似たような景色は、方向感覚を失わせる。すれ違う人々の風体もどこか普通とは違っていて、彼女の不安を殊更に煽っていた。

「――あれ?」
 熱い水蒸気を上げる鉄板の向こうに、見知った顔を見つけてエメラは思わず声を上げた。
「おーい、あいちゃんやん」
 彼女が呼びかけると、あいらは安堵の表情を見せてからこちらへと走り寄ってきた。
「何やってるん。迷子になってしもたん?」
「そんなことは無い。ちょっと祭の会場を歩いてたら通りかかっただけで……」
 口ごもるあいらの表情に何かを察すると、エメラはいつになく真剣な表情をした。
「ここは化物横丁や。怖がりのあいちゃんが長居するとこちゃうよ」
 ちょっと待っとき。今、リング焼き焼いたるから。そうエメラが言うと、あいらはぎょっとした表情で左右を見回す。化物横丁だって!?
 そういえば、エメラにも白い狐の耳と尻尾が生えている。それすら気が付かない程に気が動転していたらしい。
「もう、子ども扱いするな! ……まあ、奢ってくれるなら貰うけど」
 リング焼きを一枚食べて、人心地ついた彼女はエメラが送ってくれると言うに甘えて横丁の出口を目指すことにした。

「なんだ、仮装なのか」
種明かしネタバレを受けたあいらは、少し安心した様子だった。それにしても、皆、仮装の出来が良い。薄暗いせいもあって、ちょっと見には全く分からないほどだ。それこそ、あの大きな椿のたもとに立っている女性なんて本当に精霊のような――。
 『椿』と声が聞こえたので、長く髪を垂らした朔代・ツバキは首を上げてあいらとエメラの方を見る。感情の何一つない、氷のようなその表情を見て「ぎゃっ」とあいらは声を上げた。
「飲み物、いかがですか」
 よく見れば、『つめた~い飲み物 1本100円』と書いた板がツバキの足元に立てかけてある。
「貰おか。あいちゃん、しゃっくり止まらへんやん」
 驚いた拍子にしゃっくりが止まらなくなったあいらに苦笑しながら、エメラはツバキからお茶を二本買い求めた。
「ありがとうございます」
 代金を巾着に入れて、深々とお辞儀をするツバキ。髪に挿した椿の髪飾りが、そよと揺れていた。

「うーん……」
 ロビン・カルカスは悩んでいた。
「はい、一袋三百円だよ」
 今日の彼は、送り雀のベビーカステラ屋さんなのだ。いつもとは違う仕事でも、悩みながらでも与えられた役目はしっかりこなす。それにしてもお腹が空いた。こんなことならりんご飴屋の方が、匂いが少ない分だけよかったかな。
 空腹を訴えるお腹を抑えた、その視線の先に知った顔被検体が通り過ぎるのを見た。
「ちょっとちょっと」
 エメラを呼び止めたロビンは、彼に向かって一つ提案をする。お金は後で払うから、お店のベビーカステラを全部買い占めて欲しい――と。どうせあと数千円分ぐらいしか生地も残っていないのだ。
「――すごい量だ」
 一袋ずつをお土産にもらって、残りは全部ロビンが食べてしまった。やっぱりこの人も化物・・なのかな? そんな事を思いながら、あいらはエメラとロビンに連れられて化物横丁を後にしたのだった。


 ハーフビーストの青年が二人、揃いの甚平に身を包んで数多並んだお面を見上げていた。
「これパルドっぽくない?」
 黒豹をモチーフにしたヒーローのお面を手に取ったウォーゼルが、それを自分の顔に当てて隣を見る。面の穴から覗くウォーゼルの瞳を見て、プッとパルドが噴き出した。
「それなら、こっちはウォーゼルっぽい!」
 彼が持つのはこげ茶の毛並みが特徴的な狼のお面だ。お面を付ければ、まるで鏡を見ているかのような。そんな少し変わった錯覚を覚える。二人はお面を付けたり外したり、はしゃぎながら屋台の並ぶ小道を歩いて行った。

 次に彼らがやって来たのはカラフルなヨーヨーが水に浮かぶ、ヨーヨー釣りの屋台だ。
「たくさん取った方が勝ちだよ!」
「その勝負乗った! 負けないぞ」
 店主から紙縒りに結んだ釣り針を受け取ると、並んで水面に目を凝らす。パルドが尻尾を揺らせば、ウォーゼルは耳をピンと伸ばす。どちらも真剣そのものだ。
 一つ、二つ、三つ――。次々と二人はヨーヨーを吊り上げていく。最後には器に乗り切らなくなって、二人のヨーヨーが混ざり合ってしまった。

 勝負はつかなかったが、楽しい時間を過ごした二人は最後にかき氷の屋台にやって来た。ウォーゼルはブルーハワイ、パルドはイチゴを選ぶ。キーンと冷たい頭の痛さに顔を顰めて舌を突き出すと、どちらともなく笑ってしまった。
「ウォーゼル舌青くなってる!?」
「そっちこそ! 真っ赤なだよ!」
 かき氷を食べ終えたその後も、二人は不思議なお祭りを心行くまで楽しんだ。


「ここは――?」
「不思議な場所だね」
「櫓からは離れてしまったか」
 繭にバクル、彰斗の前には古ぼけた黒電話がひとつ。バクルはもちろん、繭や彰斗だって見たことが無いほど古いタイプのものだ。『陽ヶ沼たばこ店 お電話をどうぞ』と書かれた但し書きが、この電話が偶然や気まぐれでここに置かれたのではないことを示していた。
「お金、入れてみるね」
 受話器を手に取って、繭が硬貨を一枚、カチャリと落し入れる。少し重いダイアルを回すと、ジーコジーコと音がした。

『――お電話ありがとうございます。陽ヶ沼たばこ店、電話夜店です』
「繋がった!?」
 受話器からは、低く穏やかな男性の声が聞こえてくる。
『お祭りですか、楽しそうですね』
「はい。アルパカ焼きを食べたんだよ」
 見知らぬ男性との会話を続ける繭。不思議と、恐怖や嫌悪感はない。
「ボクはチョコバナナが美味しかったかな」
 今日食べた数々のスイーツを思い出して、バクルも通話に混ざってきた。彰斗は警戒しているのか、電話機を睨んだまま一言も話すことは無い。
『そうですか、それは何より。口直しの駄菓子はいりますか?』
 男の問いかけに繭とバクルが首肯すると、何やら机の下でコトンと音がした。覗き込んでみれば、なにやら箱の中に少し大きめのカプセルがふたつ。中には、『フルーツもち』と『カカオシガレット』が入っていた。
『楽しい会話をいただいた、ほんのお礼です』
 そう男は続ける。
『少年よ、あなたの冒険に幸あらんことを』
「うんっ!」
『そして少女よ、あなたに良い夢を』
「ありがとう!」
 そこまで言うと、前触れなく電話は切れてしまった。もう一度硬貨を入れても、ただ返却口から戻ってくるだけ。

「不思議なものだな」
 彰斗のその呟きが、三人の心境を何より表していた。


 屋台の間を縫って歩いて行くと、音楽が次第にアップテンポに、大きくなっていることに気が付いた。辺りを見回してみると、皆、中央の櫓に向かって歩いているらしい。そろそろ踊りが始まるのだろうか。


【執筆:かもめ】



「祭りじゃ祭りじゃ~! ステーキ串に、ベビーカステラ、焼きそばバナナチョコ! さぁ食べ尽くすわよ~!!」
 グルメなお嬢様、泉河・羊は浴衣姿で屋台を練り歩いていた。右手にはステーキ串に焼き鳥。左手にはチョコバナナやリンゴ飴。その食欲はとどまる所を知らない。
「アルパカパカ アルパカ音頭♪ モッフモフモフ アルパカ音頭♪」
山盛りの食べ物を両手にぶら下げ、羊は耳で覚えたアルパカ音頭を熱唱しながら、食い物の屋台をひたすら梯子していく。まるで酔っ払いのようなハイテンションっぷりだが、彼女は至って素面である。
「ちゅうたも一緒ならもっと楽しかったのに」
 家に置いて来た九官鳥のことを思い出し、羊は唇を尖らせた。人混みではぐれたら大変なので仕方ないのだが。
「帰ったらちゅうたにアルパカ音頭を歌って聞かせてあげようかしら」


「お、タイヤキだって、ヨル、食ってみようぜ!」
「やっと追い付いた。ナハシュ、君は足が速いんだから加減してくれ」
 たいやき屋の次の客は頭に角が生えた青年ナハシュと、甚平を着てお面を被った青年ヨル・スレイマンの二人組だった。
「なんだこれ!うめぇな!!」
「あんこもイケるぞ」
 二人はあっという間に鯛焼きを一人前ずつ平らげた。
「ナハシュ、さっき雲を食べている人がいたんだがどこの屋台か知らないか? 甘いらしい」
「マジか? 俺も食ってみてえな!」
「ああ、そりゃ綿菓子だな。あっちで誰か屋台出してたぞ」
「そか! オッサン、ありがとよ!」
 角染 雅殻が口を挟むと、ナハシュは猛スピードで雅殻が指差した方向へと駆けて行った。ヨルは慌ててナハシュを追いかけていった。

「ロシアンたこ焼きだってよ! やってみようぜヨル!」
「ロシアン? よくわからないが外れがあるのか。面白そうだな」
「ぐわー! か、辛えー!」
「なるほど、こういう趣きか……」
 激辛を引き当てて悶絶するナハシュを見ながら、ヨルはしみじみと頷いた。

「珍しいアクセサリー、たくさん取り揃えてるよー」
「にゃー」
 法被にはだけた鉢巻、晒しを巻き付け短パン。夏祭り仕様のパヴェル・A・サムルガチェフは愛猫のフーアと共に、ファンシーアクセサリ屋台「ぱべる屋」を開いていた。
 ほのかに光るサイリウムやプラスチックを使ったロスガリア大陸センスの小物を各種取り揃えており、さらにくじ引きを引くとお得にもらえる……というウリもあるのだが、シュールな小物がよくあたるという噂が流れているせいか、あまり売り上げは芳しくなかった。
「お、アクセサリー屋だな!」
 そんなパヴェルの店に姿を現したのは、ナハシュ(ドン・ゴーフルのお面付き)とヨルであった。休憩がてら、屋台ゾーンをうろうろしていたのである。
「お、ヨル。くじ引き付きだってよ! やってみようぜ!」
「まいどー」
 ナハシュは代金をパヴェルに渡し、気合を入れてくじを引いた。
「十八番だ! ヨルは何番だ?」
「俺は三番だ」
「お、十八番はこれなんだな。『ヤコブの防犯ベル』。変な人が近づいてきたらこの胸のボタンを押すんだ。激しく光りながら『スウィイイイト!』って叫び続けて周囲に危険を知らせてくれるんだな」
「い、いらねえ!」
 ヤコブの顔の形の防犯ベルを手渡されたナハシュは、全力で突っ込みを入れた。
「三番の方は?」
「三番は神匠ヴィンダールブルのSDフィギュアなんだな」
「……当たりっぽいが部屋に飾りたいかと言われると微妙だ……」
 ヨルは半裸のドワーフのおっさんのフィギアを受け取り、複雑な表情を浮かべた。


「なんだ、こりゃ」
 それは鮫島 鉄子の率直な感想だった。どうやらここは夏祭りの会場らしい。いつの間にかここに迷い込んでいたのだ。しばらく鉄子がきょろきょろしていると、見知った顔がいた。
「あ、鮫島さん……知ってる人に会えてほっとしました」
「真柄か。こんな侵蝕染みたファンタジーな場所で、見知った顔に出会うのはどれ位の確率だ?」 
「夢魔の類はいないようなのですが……逸れたら、危ないので…あの、手……よろしければ」
「ま、エスコートしてくれるってんなら、願ったり叶ったりだけどな」
 真柄はおずおずと右手を差し出した。鉄子はその手を握り返す。
「少しは、マシな顔になったじゃねーか」
「顔?……変わった、でしょうか」
(鮫島さんこそ、以前と比べると明るい顔になった気がするんだけどな)
 二人が手を繋いで歩いていると、遠くの方に顔見知りの極道達の姿が見えた。
「うわっ、柳サンこんな所でも『テキ屋』やってんのかよ……客入り大丈夫か?
「あ、ヤクザさんたちだ。今日も楽しそうですね。たこ焼き買います?」


「はい、たこ焼き六個入り、お待ち!」
三須ミス柳梨ナヤリは浴衣に襷掛け、無自覚に健康的色気を振り撒き、たこ焼きを焼いていた。
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ベビーカステラ屋台☆アルパカSP開店だよ!」
 御風音・一刃が元気よく声を張り上げ、熱心に客引きをしていた。彼の屋台は祭りの定番、ベビーカステラ屋だ。ホイップクリームやカットフルーツでデコり、映えるカップベビカスが売りである。青龍会の威信に懸け、目指すは売上ナンバーワン!
「デフォルメされた四神とアルパカのベビーカステラ! これなら小さい子にも大人気よ?!」
 一刃の隣では、同じく青龍会傘下のオネエ系極道、嵐柴 慶次がベビーカステラを焼いていた。
「フフ、義手でも完璧にカステラを焼き上げるわよン」
 右手の特殊合金製義手で串を器用に操り、ひょいひょいとカステラを焼いていく。スキンヘッドのオネエ系極道が器用にカステラを焼く姿は、それ自体がある種のパフォーマンスになっており、客の入りは上々であった。
「青龍会若頭として、他の店には負けないわよン☆」

「おお、けっこう並んでますね。ちょっと手伝いましょうか?」
 一刃と慶次が奮闘していると、休憩中の梨柳がやってきた。
「アラ、ありがと☆ 助かるわ~」
「やなりん手伝いマジあざっす! 今度お礼にベビカスタワー作るんで☆」
「やったー! じゃあとっておきの歌を歌っちゃいますね!」

 ベイビー(美味しい)カステラ(やるから)
 デコって盛ってFuFuFu
 あなたのお口にDeliDeliDelicious
 ふわサクとろける甘い夢!
 極めし道の夏の夢―!

 セクシー浴衣美人柳梨やなりんの渾身のCMソング効果もあり、ベビーカステラ屋台☆アルパカSPはますます繁盛していた。
「おー。盛り上がってんじゃん」
 極道ソングに惹かれてやってきたのは歌舞伎町の夜遊び常習犯JK、鬼燈ほおずき 緋音あかねだ。流石に極道ではないが、青龍会の事務所にしばしば遊びに来る不良娘である。
「緋音ちゃん! その浴衣可愛いッスね~」
 赤黒い浴衣姿を着た緋音の艶姿に、一刃は頬を緩めた。
「ありがと♪ これ差し入れ。粉ものとか色々。みんなで食べよ♪」
「緋音ちゃんマジ天使ッス!」


 ドゥドゥドゥ! カラカラカラン。
「残念、俺の勝ちだな」
「くそー! 負けた!」
「ハイ、1000円」
「高え! 他の屋台は500円前後だぞ!?」
「あ? 先に値段聞かなかったてめえが悪いんだよ。さっさと出しやがれ」
 青柳・龍一にメンチを切られてビビったのか、客は1000円札を渡し、逃げるようにその場を立ち去った。
 龍一との射撃勝負に負けた客はすごすごと帰っていった。龍一の店は屋台の定番、射的屋である。オモチャにしてはやけに重く、細部がリアルな気がするが、気にしてはいけない。
「……これどうやったら狙ったところにいきますか?」
 宮野・結衣は龍一に尋ねた。
「おう嬢ちゃん、拳銃を撃つ時はだな、銃身線と腕の線が一直線になるようにしろ。そんで、左手は右手の指を包み込むようにして……」
 手取り足取り、熱心に結衣に拳銃の撃ち方を指導する。白地に金魚柄のかわいらしい浴衣を着た女子大生が強面のオッサンから射撃訓練を受けている様は、シュールな光景であった。
「なるほど。反動はこう吸収するんですね」
 龍一に後ろについてもらい、結衣が手取り足取り教えてもらっていると――突然、結衣は背後から肩を叩かれた。
「やっぱり結衣だ。偶然だね」
「お、おじさん?!
 振り向くと、そこには叔父の宮野 明紀の姿があった。
「……」
 明紀は結衣には見えない角度から龍一をギロリと睨み付けた。気安く結衣に触るなと、視線が龍一への明確な敵意を雄弁に物語っている。
「あ? なんだてめえ。こいつは今俺の店で遊んでんだろうが」
 殺気を感じ取り、龍一は眉間に皴を寄せて睨み返した。態度も気に入らないが、なんとなくコイツからは、自分達とは違う種類のろくでなしの匂いがする。
 一瞬、人垣が引くほどの緊張感が屋台に漂ったが、その時、アルパカが行列がけたたましい鳴き声を上げながら二人の間を通過した。アルパカの間の抜けた声に気勢を削がれたのか、龍一は「チッ」と舌打ちし、元いた位置に戻った。
「結衣、今日は一人で来たのかい?」
「うん」
(全く、一人でこんな得体のしれない場所に来るなんて……こないだあげたぬいぐるみの中に盗聴器を仕掛けておいてよかった)
「一人ならおじさんと一緒に回ろうよ」
「あ、はい」
(うーん、もうちょっとここにいたかったんだけど仕方ないか)
 恩人である叔父の誘いは無下にはできず、結衣は叔父と共にその場を後にした。

「こんばんは、青柳さん。遊びに来ましたよ」
 二人と入れ替わるようにひょっこりと龍一の屋台に顔を出したのは神武 清だ。淡い色の浴衣に、薄い色のサングラス。後ろにはポケットがL字型に膨らんでいる黒服が護衛としてついてきている為、彼女もカタギでないことは一目瞭然であった。清は極道組織「四神連合」系列の屋台を順に回っているのだ。
「おう、姐さんか」
 龍一はお友達価格を清から受け取り、銃を渡した。
 バンバンバン! パリーン!
 渇いた三発の銃声が響き、アルパカの形をした陶器の的が木っ端微塵に砕け散った。
「一点だな、はい、残念賞」
「射的はどうも昔から下手なんですよ」
 残念賞のアルパカ根付を受け取り、清は溜息を吐いた。超近接武闘派趣味の清は殴り合いならばバットを持ったチンピラぐらいなら軽く返り討ちにできる腕前なのだが、拳銃の扱いは専門外であった。ちなみに彼女の趣味は筋トレである。立場上、あまり長居はできない清は挨拶もそこそこに、その場を立ち去った。


「随分強面の人が多いような……」
 慣れない浴衣で祭に来た蘭 鏡子は少し戸惑っていった。
「まあまあ、あんま気にすんなよ」
 そこはかとなく見た事がある人々を流し見つつ、烏丸・九郎は鏡子と共に祭りの夜を練り歩く。が、突然九郎の足が止まった。
「……あら、お知りあいでもいました?」
「青柳さんたちじゃん、つーか何やってんの」
 九郎は呆れたように言った。まさかこんなところでテキヤ稼業とは。極道らしいといえばらしいが。
「あそこ、射的ですね。やっていきます?」
「勝負しよーぜ、鏡子ちゃんが勝ったら何でも好きなもん一つ買ってやるよ」
「あら、言いましたね」
 鏡子と九郎は青柳の屋台へと近づいていった。
 ……。
「私の勝ちですね」
「くそー! 負けた!」
 結果は45点と26点で鏡子の勝ちだった。
「ふふ、さて、何を買ってもらいましょうか?」
 鏡子はくすりと笑った。


「シノギ削る言うけド、そこまでガッツかなくてモ良い思うアル。ファンタジーな人種モそこそこいるシ、見栄え重視なお土産屋さんみたいなので十分ヨ」
煙管キセルから煙をぷかぷか吹かせながら、怪しい片言で力説する林杏リンシンリー。彼女の屋台は風車かざぐるま屋である。飲食店やくじ引きほどの勢いはないが、これも夏祭りの定番である。
「こんな祭りなんて、いつ以来だろう? まだ地元にいた頃のデートが最後かも。それにしても何だか……強面の人が多いエリアだね。この前の流し素麺みたい」
 ふらふらと迷い込んできたのは色原シキハラ奏五ソウゴだ。懐かしさとヤクザ成分多めの不思議な光景でぼんやりしている感じである。
「あ、いいなあ、かざぐるま」
 かざぐるまに惹かれた奏五はふらふらと李の店の前で立ち止まった。
「欢迎! 欢迎! 福ガ来るクルかざぐるま! お一つどーゾ!」
 元気よく声を張り上げた李と、奏五の目が合った。
(幻想的な美女だな、でもそれより)
「……お姉さん、前に会ったことあります?」
 奏五が尋ねてみると。
「オヤ、ナンパアルカ? ワタシ、コウ見エテ、ファン多イアルヨ?」
 李はニカッと笑う。奏五はその時、周囲から刺すような視線を感じた。
(殺気?)
 周囲を見ると、周囲の屋台の強面たち(広域指定暴力団『朱雀会』の皆さん)がギロリと奏五を睨んでいた。兄ちゃん、エエ根性しとんのう……という声が聞こえて来そうな感じで。


「いらっしゃいませー」
 布賀知・ライはラムネを飲みながら、のんびり店をやっていた。彼の店はくじ引き屋だ。大して装飾はしていない地味なレイアウトの店であった。
「あたし、七番!」
「ほい、三等。ゲームソフト一本、この中から好きなのどうぞ」
「俺は十三番だ」
「はい、ラッキーナンバー賞。『ゴーゴー13』全巻セットだ」
「ぼくは4番!」
「4番は……モデルガン(組長モデル)だな」
(確率は特に細工してないんだが。総じて客の引きがいいな……)
 高額商品を次々と持っていかれ、ライは内心ぼやいていた。

「こんばんはー」
「お、梨柳か」
 しょげているライの前に姿を現したのはたこ焼きのドン、梨柳であった。
「これ、おすそ分けのロシアンたこ焼きです♪」
「お、サンキュ。って、ロシアンルーレットなのかよ」
 梨柳から渡されたたこ焼きを一つ串で拾い、口に運ぶライ。
……。
「ぐわあーっ!」
 一個目でハバネロとわさびがたっぷり入った「当たり」を引いたライは、口から火を吹かんばかりに悶絶した。

「げほげほ。酷い目にあった……」
「ちぃース。ライちゃんパイセン儲かってるッスか?」
「よう、一刃」
 今度は後輩極道の一刃が遊びに来た。
「くじ引き、俺も引いていいッスか?」
「おう。一回500円な」
「よっしゃ!……27番っス」
「お、当たりだな。ほい、柄が●●刀の形をした傘だ」
「カッコイイけど使い所に困るやつッスね……」
 もしかして自分用に買ったものだったりするのだろうか。一刃は傘を受け取りながら、そんな風に考えるのだった。


(ここは悪夢の中だろうか。……それにしては嫌な音もしない。見知った顔もいる。自分も浴衣を着ているし、なら屋台巡りを楽しもう)
 本能でここは危険ではないと察した化良・応介は、細かいことは気にせずに祭りを楽しむことにした。聞こえてくるアルパカ音頭を口ずさみながら、穏やかな心持ちでふらふらと屋台を物色していく。なんだかやけに強面のテキヤが多い気がするが、そこもあまり気にしていなかった。
「あれ、美味そうだな」
 応介の目に留まったのは、トロピカルジュースの屋台だった。
「いらっしゃいませー」
 覆面レスラー、ヴェルクヴァルト・江瑠エル・ダリオは普段付けているマスクは外し、涼し気な格好でイケメンフェイスを披露していた。ニコニコと糸目で笑顔を浮かべ、応介を歓迎する。
「メロンジュースお願いします」
「まいどありー」
 ダリオはメロンをむんずと掴むと、着やせしていたゴリゴリの太腕をめくった。
「ふん!」
 気合と共に、素手でメロンを握りつぶし、絞った果汁をカップに入れて応介に渡した。大半の客は引き気味だったが、ダリオ本人としては筋トレが出来ればOKらしい。
「ありがとう」
(変わった店だな……プロレスラーが握りつぶした果物ジュースとは……)
 これも一つの怪談かもしれない。そんな風に考えながら、応介はごくごくとメロンジュースを飲んだのだった。


「これがマツリか。沢山の人で溢れた光景を見るのは初めてかもしれん。ユズ、離れるなよ」
「お祭り…人、沢山、…逸れそう。うん、気をつける、ね」
 小さな金髪の少年(?)ユズと手をつなぎ、スヴァン=ウォルフ=ユーウェンは屋台巡りを楽しんでいた。ちなみに彼の服は紺色の布に愛するカカオ豆模様があしらわれた特注浴衣だ。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 兄ちゃん達、鯛焼きはどうだ?」
 鯛焼き屋の屋台を営業している角染 雅殻はスヴァンに声をかけた。両腕に彫り物があり、見るからにヤの付く自由業っぽい男だが、スヴァンは特に気にしなかった。
「………鯛焼きと言うのか、ふむ。一つもらおう」
「ベーシックなあんこ味、カスタード、チョコ、それに『獲れたて』もあるぞ! どれにする?」
「チョコ一択だ!」
「あいよ! ……型があれば以外となんとかなるもんだ、ほれお一つ」
「……想像以上に美味い。チョコ味もう3つ! ユズも食べてみろ、飛ぶぞ!」
「コラ、人聞きの悪いことを言うんじゃねえよ!」
 獣人の青年の言葉に苦笑いする雅殻。言うまでもないことだが、雅殻の鯛焼きに麻薬の類ヤバいものは含まれていない。
「とぶ?」
 きょとんとしながらユズはスヴァンから鯛焼きを一つ受け取った。
「甘くておいしい!」
「そうだろう。む、あそこにあるのは……?! チョコバナナーー!!!」
 スヴァンは鼻をクンクンさせた後、奇声を上げた。
「……あ、チョコバナナ……。え、待って、一人で行かないで、スヴァンさん……っ!」
 置いて行かれないようにユズがスヴァンの手を引くと、スヴァンはユズを担ぎ上げ、そのまま高速で駆けて行った。
「あの兄ちゃん、チョコジャンキーかな?」


「ふむ、これが庶民向けのイベントか……参考になれば良いのだが」
「わわ、こんなお祭り見たことない!」
 スーツを着たお金持ちそうな青年、四季島シキシマ 幸雅ユキマサとコマドリ柄の着物を着た若い女性三連星ミツラボシ 湖真コマ。二人は音蘇武島という離島のリゾート開発を進める御曹司と、役場のお姉さんのコンビである。音蘇武島で行うイベントの参考にするべく、この祭りにやってきたのだ。
 二人の目的はとある離島のイベントのサンプル集めだ。幸雅は幅広い年代・国籍・種族(!?)の人々の意見を取り入れるべく、道行く人を片っ端から呼び止め、この祭りの感想を聞いていった。
「四季島さん会う人全員に奢ってる……さすがセレブ……!」
 幸雅の気前の良さに湖真は仰天した。
「四季島さん、あそこに鯛焼き屋さんがありますよ!」
「うむ、寄って行こう」
 幸雅は鯛焼きを湖真にも買い与え、屋台の男にも色々聞いてみた。
「……ところで、この変な食べ物は何かね? 魚のようだが……」
「これは獲れたて味だ。せっかくだ、食っていきな!」
「なるほど、鯛焼きとは、魚の丸焼きのことだったのか」
『アタマカラタベテ……』
「不思議な声が聞こえるのだが」
「獲れたてだからな。さあ、細かいことは気にせず食え食え」
「うむ。なかなかうまいな」(ボリボリ)
「だろ? 売れ残ってるから安くしとくぜ。お土産にどうだ?」
「持って帰りましょうよ! 島のB級グルメとしてどうでしょう四季島さん!!」
 鯛焼きをおごってもらい湖真もゴキゲンだ。
「いいかもしれないな! 全部もらおう!」
 音蘇武島に、バイオハザード的な危機が迫ろうとしていた。たぶん。


「ルーカ、その浴衣、めっちゃ綺麗やな」
「ふふっ、エリック。似合ってますか?お祭り楽しみですね♪」
ピンクの花柄浴衣を着たルーカ・ルンガルディエールは恋人のエリック・ハルトマンの言葉にはにかんだ。二人はあちこちの屋台を巡りながら、一緒に会場を歩いた。
「あそこに射的があるで」
「行ってみましょう!」
 二人は射的屋の屋台にチャレンジすることにした。景品を直接鉄砲で狙い、落とせたら貰えるタイプの店だ。
「あかん、全然当たらんわ。あのアルパカの置物、欲しいんやけど」
 華麗に全ての弾を外し、ぼやくエリック。
「私が取ります。荷物、持ってて下さい」
 ルーカはエリックに荷物を預けると、正確なフォームでおもちゃのライフルを三連射した。パンパンパン。連続射撃でバランスを崩されたアルパカの置物は見事に転げ落ちた。
「はい、エリック」
「おおきに、ルーカ!」
 ……。
「この綿飴っていうのもうまいなあ……」
「なかなかの食べっぷりですね、エリック」
 ルーカは砂糖でべとべとになったエリックの顔を見て微笑んだ。


「ここ、明るくて楽しそうね。とりあえずご飯食べる?」
「そういたしましょう。私はチョコバナナやクレープが気になります」
 スィーリーンとミツキ・アインホルンは連れ立って歩いていた。浴衣に身を包んだ二人はきょろきょろと、主に食べ物の屋台を物色していく。
「わたあめってのもおいしそうね。ピンクのやつ」
「行ってみましょう!」
 チョコバナナ、クレープ、りんご飴。二人の興味の中心は甘味だ。一通り制覇した後は、二人の興味はゲーム系の屋台に移っていった。
「お、あそこ射的屋があるわね。スィーリーンさん、欲しい商品あるかしら?」
「そうですね……あ、あそこにベヒモーのぬいぐるみがありますね。ちょっとほしいかも」
 スィーリーンの視線の先には、50センチほどの魔獣のぬいぐるみがあった。
「分かった、私がとってあげるわ」
「お願いします」
 スィーリーンの熱い視線を背中に受けながら、ミツキはぬいぐるみに狙いを定める。
 ボシュッ!
 小気味よい空気銃の音と共に、ミツキの放った弾は見事にベヒモーの額に命中し、ぬいぐるみはスィーリーンの手に渡った。
「ありがとうございます。他にも色々楽しいものがいっぱいありそうですね」
「せっかくのお祭りだもの。楽しみましょう」


「環ちゃんにいいとこ見せんとな」
 浴衣姿の倉知 静は張り切っていた。
「お、ちょうどええ所に射的屋が」
 静は射的でぬいぐるみを取って環にプレゼントすることにした。
「射的なんて、コルク選びで大方決まっとんねん。空気が逃げんよう欠けのないもん選んで……」
 静は入念に弾を選び、ターゲットのアルパカのぬいぐるみを狙って引き金を引いた。
 スカスカスカッ。
 果たして披露した蘊蓄に意味はあったのか。静の弾丸はあらぬ方向へと流れていった。
「あら、まあ」
 環は静のへっぽこっぷりに目を丸くした。
「もう一回、お願いできますか」
平静を装うも、静のこめかみにはビキビキと青筋が走っていた。
 スカスカスカ。スカスカスカ。何度やっても弾は逸れてしまい、的には届かなかった。
「あら、まあ。静ちゃん、あのぬいぐるみがほしいの?」
「え、いや……」
 環に聞かれ、しどろもどろになる静。
「私もやってみていいかしら? 一度、遊んでみたかったのよね」
 環はお金を払い、コルク銃を構えた。
 スカ。
 バスッ。コトン。
 環は二射目で見事ぬいぐるみを射落とした。
「はい、静ちゃん。ふふっ、楽しかったわ」」
「え、あ、ありがと……」
 微笑む環からぬいぐるみを受け取り、静はひきつった笑顔を見せた。


「チッ。弾が軽いな。おい、もう一度だ!」
 店主に代金を渡し、コルク銃を構えるタ・ロウ。彼が大人げなく屋台の射的に興じているのは、「特賞」の景品に興味があるからだ。
 特賞の景品は巨大アルパカ人形。だが彼が欲しいのはその首に巻き付いた、アルパカの絵が描かれた商品タグの方であった。
「お、こんなところに射的屋が」
 タ・ロウが射的に熱中していると、隣のレーンに涼し気な服を着たアラフォ……もとい妙齢の美女がやってきた。獅子原シシハラ 璃緒奈リオナだ。
「ちょっとチャレンジしてみようか」
璃緒奈はタ・ロウの隣に立ち、銃を構える。パンパンパン、と軽快に連射したが、残念ながら全て外れてしまった。
「外れた。もう一回いいだろ?」
 ハートに火がついたのか、璃緒奈は再び金を払い、銃を構えた。
(こいつ……俺と同じ獲物を狙ってやがるな!)
 二人の他に並んでいる客はいない。図らずも、射的はタ・ロウと璃緒奈の一騎打ちの様相となった。
 ポンポンポン。ポンポンポン。コルク銃の小気味よい音が断続的に響く。激闘を制し、見事アルパカ人形を手に入れたのは、璃緒奈の方だった。
「ちっ……負けたぜ」
 タ・ロウは潔く負けを認め、帽子を脱いだ。
「私はただ、意地でも当てたかっただけだよ。事務所に飾るにはデカすぎるし、アンタにやるよ」
 璃緒奈は獲得した巨大アルパカ人形をきょとんとしているタ・ロウに押し付けて去っていった。
「……俺も人形の方はいらねえんだが。どうしたもんかね」

見延ミノベ 光永ミツナガミカゲは、しっかり手をつなぎ、甘いひとときを過ごしていた。
(光永サンと一緒なら楽しいなんて、僕も現金だな)
 人込みが嫌いな影は当初夏祭りに行くことを渋っていたのだが、光永に浴衣を選んでもらい、意を決して来てみたら、案外楽しかった。
(手をつなぐのはさすがに緊張するな)
 光永の方はと言うと、恋人の影と手をつなぐ内心緊張していた。こんな時は甘味に限る。光永は早鐘を打つ心臓の鼓動を隠すように、一心不乱に屋台スイーツを制覇していった。幸い、影の方も甘い物が好物だったので、光永の緊張を悟られることはなく、二人は全制覇する勢いで屋台を巡っていった。
「これ美味しいぞ、光永サン。食ってみろ」
 影は隙を見て、さりげなくかき氷のスプーンを光永の口元へと持って行った。
「そんなに欲張ると、俺と手を繋げなくなってしまうよ」
「手が繋げないのは困る…急いで食べてしまおう」
 食べ終わった後、再び手をつなぎ直した二人の前方に、白くてモコモコした奇妙な物体が見えた。
「あれはなんなんだ?」
「あれは盆踊りだね。アルパカ音頭? この曲も初めて聞く曲だな」
 入口で受け取ったチラシを見ながら、影が言った。
 しばらく歩いた後、ベンチに並んで座り、打ちあがる花火を二人で見ながら光永は微笑む。
「影と一緒に回る祭りは、格別に楽しい」
「僕もだよ、光永サン」
 影はにこりと、微笑みを返した。

「いいわね。お祭りって」
 浴衣姿の若いカップルを優しい目で眺めながら、那珂湊ナカミナト沙夜サヤはぽつりと呟いた。派手に遊び歩くのも好きだが、たまにはこんな穏やかな日も悪くはない。
「この辺りが涼しいかしら」
 沙夜は木陰のベンチを確保し、ビニール袋から屋台で買ってきた食べ物を取り出した。コンビニで買える普通のビールに、何の変哲もない焼きそば。そして妙に大きい焼き鳥の串。ごくありふれた、どこにでもある食べ物だ。

「む、あそこにあるのは……?! チョコバナナーー!!!」

「あそこ、射的ですね。やっていきます?」
「勝負しよーぜ、鏡子ちゃんが勝ったら何でも好きなもん一つ買ってやるよ」

「持って帰りましょうよ! 島のB級グルメとしてどうでしょう四季島さん!!」

 行き交う人々の賑やかな声を聞き、石灯籠の灯りをぼんやりと眺めながら、沙夜は割り箸で焼きそばをつつき、焼き鳥を噛みしめる。
「うん、美味しい」
 プラカップのビールは味気なく、屋台の焼きそばはボソボソで、焼き鳥の鶏肉はなんか怪しい。どれもまったく美味しく無いが、何にも代えられない良さが有る。だから夏祭りの夜には「美味しい物が沢山」。
ふみこえも エモエモ~(えもえも~)
 揺れて揺られてエモエモ~(えもえも~)
「ふふ、変な歌」
 くすりと笑った沙夜の髪が、夜風になびいていた。


【執筆:おおくまねこ】


 待ち合わせにやってきた乃木平 天音は落ち着いた黒に金魚柄。紺に蝶柄の乃木平 乙女は背伸びしつつも隣の姉に比べればやはり可憐さが先に立った。

「いつも乙女がお世話になっております」
「いえ、こちらこそ。弟が良くして頂いて」

 これが、『弟の彼女との家族としての顔合わせ!』 一抹の寂しさを感じつつも、一大イベントの発生に夜城・海愛は相好を崩す。可愛い弟、朔真を横目で見れば、乙女の装いに珍しく動揺しているようだった。可愛い。

「どうかな? お姉ちゃん天音ちゃんと一緒に頑張って着付けたんだ」
「……可愛い」

 ぼそっと小声で捻りだしたのは、何の捻りもない感想だ。

「ん、何?」

 乙女は小首を傾げてそう聞き返した。多分、これ位の関係の男女はこう話す筈だから。声が小さすぎて聞こえなかったのか、とっとと歩き出す朔真に、保護者達は残念そうな互いの顔を見合わせて笑う。弟妹のお付き合いは嬉しいけれど、一足飛びに進んでしまうと寂しい姉心がふわり共有されていた。この日、祭りに訪れているのは彼女達のように血の繋がった家族ばかりではない。

「こうやってお祭りの屋台に来ると楽しくならない?」

 篠月・準一郎が祭りの景色を見回す様子に、日野・カナタが気軽な気持ちで声を掛ける。

「……実はほとんど来たこと無いんだ。だから遠くからしか見た事無くて」

 帰ってきた言葉はカナタの想定外だった。準一郎が義兄と名乗ったあの日より前の彼の生活は知らない。もしかしたら、家を出ずに原稿に向かう生活無能力者ぶりを存分に発揮していたのだろうか。それとも。感じた気まずさを打ち消すように袖をつかむ。

「あれ!」

 カナタが指さした先に、射的の屋台。気を遣わせたかと思いつつ準一郎は首肯した。並んで2人。先に撃った準一郎の横で、身を乗り出すようにしたカナタが距離を稼ぐ。

「それずるくない?」
「これは戦略だからっ」

 店主は何も言わないので、セーフという事か。

「戦略? ふーむ、それなら」

 自己正当化を図るカナタの真似はせず、準一郎はもう一度引き金を引く。カナタがぐらつかせた所へ後押しする一撃は、Aと書かれた板を見事に地に落とした。

「おめでとうございまーす」
「ああ、どうも。ふふっ、これぞ戦略だよ」
「……準一郎さんこそ大人げないっ」

 賞品を受け取る義兄に、カナタは笑いながら言う。次はどこに行こうか義弟に問われ、少し考えてから準一郎が答えた。

「次は綿菓子食べてみたいな」
「いいよ。確かあっちにあった」

 これまで祭りに縁遠かったという準一郎が伝えた希望が思いのほか可愛らしく、カナタは笑みを深くする。射的は人気らしく、次の客がもう並んでいた。

「祭りといえば水笛! という訳でアレが欲しいです宜しくお願いします!」
「お前の祭りらしさは恐らく少数派だな……。取れなくても泣くなよ」

 ダイバー関係と芸能関係の後輩と先輩である永来・ラキと乙宗 凱は、祭りを騒々しく楽しんでいる。予防線を張りつつ凱は銃を構えた。この屋台は随分甘いのか、一発当てれば可愛い水笛がポロリと落ちる。

「わ~めっちゃかわいい、ありがとうございます!」

 ぱあっと顔を輝かせるラキへ水笛を手渡して、仲が良いんですねと言う店主に凱は薄く笑った。

「ああ、まあ。何だかんだ微笑まし……ってうるさ! うるさいんだが!?」

 張り切って息を吹きこんだラキを止め、周りに軽く謝罪してから歩き出す。

「あ、ベビーカステラですよ。乙宗先輩! 花見の時と同じですね!」

 目ざとく屋台を見つけたラキにそう言われれば、ここは先輩らしく振る舞わねばなるまい。

「今日は俺が払おう。好きなだけ食べると良いぞ」
「やった! じゃあ、あっちの綿飴もー!」

 うきうきと漂い出す、風船のようなラキに手を焼きながらも、不思議とそれは面倒ではないようだ。

「これ、冷たいけれど美味しいわ」
「ふふふ、そうでしょう?」

 買ってもらったアイスバーを手に、ふんわり笑うノノアへ、アヴェラ・ウッチェロは邪な笑みを返した。暑い祭りの夜に氷菓子を食べれば、溶けだすのは必定。それもミルクたっぷりのねっとりしたアイスバーだ。今も雫が表面を伝っている。

「あら……?」

 ノノアはといえば、友人の指フェチは認識している。垂れてきた部分を指で拭って、どうしようと悪戯気な笑みを向けると、アヴェラは背伸びして口を寄せた。

「はむ。……うん。おいしいわ」
「これを食べ終えたら、踊りを見に行きたいわ」

 人差し指を生贄に、邪念が少し晴れた様子のアヴェラを誘えば、二つ返事で頷きが返る。少しフェチズムが過ぎるが、ノノアにとって彼女は優しい友人だ。外れだったバーをゴミ箱へ捨てて歩き出そうとしたその時。

「君っ、そうだ、そこの君だ、アイドルに興味はあるかいっ!?」

 眼鏡を輝かせたヴェルクヴァルト・江瑠・ダリオが声を掛けてきた。アイドル? と首を傾げる2人に、マッシブな青年は熱のこもった口調でアイドルとは何たるかを語る。ヴェルクヴァルトはいつもの如く、事務所の立てた行き当たりばったり企画に振り回されていた。

(祭りでスカウト! 未来のスタァ☆ なんて昭和の企画だと思ったけれど……)

 ふたを開けてみれば、綺羅星の如く可愛いと綺麗とカッコイイと凛々しいが歩いている。声を掛けると本職が大勢混ざっていたのは驚いたし、なんなら人間じゃない者もいたのにはさらに驚いたが。これならアイドルを百人集めて伝説のアイドルPになる事もできるかもしれない。

「おっと、待ちな。そいつは俺の知り合いだ。面倒な話なら俺が聞くぜ?」
「ディアンさん?」

 横合いから掛けられた声に、ノノアがきょとんとする。一瞬身構えたアヴェラも知り合いと知って力を抜いた。

「いえ、びっくりしたけれど虐められていた訳じゃないから大丈夫よ。親切にありがとう」
「それより、貴方もいい身体をしていますね。(リングの上の)アイドルにご興味は?」

 きらりと眼鏡を輝かせ、ヴェルクヴァルトはディアンへ向き直る。この男、プロデューサーとプロレスラーの二足の草鞋を履きこなしていた。ディアンの方も目の前の相手からしっかり鍛えられた漢の気配を感じ取り、にやりと笑う。

「あら。男性同士仲良くなってしまったようね」
「わたし達はわたし達で楽しむのがいいわ」

 何だか置いて行かれた気分のノノアとアヴェラの手には、いつの間に渡されたのかヴェルクヴァルトの名刺が乗っていた。視線を交わして肩をすくめ、名刺を仕舞った手をそのまま握って2人は賑やかな方へ消えていく。

(リエラが生きてたら、あいつもここで楽しんでたんだろうか)

 穏やかに賑やかに祭りを楽しむ娘たちの隣で、笑顔を浮かべていただろう。以前程に、刺すような悔恨も怒りも浮かばずにそう思えるようになったのは、気のせいだろうか。

「どうかしましたか?」
「いや、なんでもねぇ」

 浮かんだ感傷を首を振って追い払う。今宵の酒は、少々汗と男の匂いが強くなりそうだ。たまにはそれも悪くない、と男達は思うのであった。なお、この日ヴェルクヴァルトがスカウトできたアイドルはいなかったのだが、名刺だけはたくさん消えていたという。


(来ちゃった……)

 赤地に金魚の柄の浴衣を着た周 紅は、誰憚る事なく乙女をしていた。急な引っ越しの前に、家で慌ただしく話をして、それから……色々して。半年、には少し足りない位、会っていないだけ。

(会いたい……)

 夢の中で工藤 勇太と紅はまだ会っていないけれど、いつか敵になるかもしれない。

(だから、本当は会うなんて事出来ないはずなのに)

 繋がっていたのは放送部の縁だけ。施設にいた事もダイバーであることも彼はあまり口に出さないようだった。学校を辞めて、会う理由もなくなって。けれども今日はお祭りだ。

「……まさか、って思ったけど」

 走ってきたのか、息が荒い。約束通り浴衣で来てくれた勇太に、紅はそっと手を伸べる。少年は何か言いたげにしていたが、何も聞くことはなく。

「わかった。今日は一緒に楽しもう。それでいい?」

 言って欲しかった言葉は、他にもあるけれど。この浴衣を見て何か言うとか。けれど、楽しもうと言ってくれた事は嬉しくて。

「……ね、あっちに行ってみよう!」

 嬉しい気持ちの分、好きな思いの分。今日は思い切り彼を振り回してやろうと思った。

「……あれ? シルヴィア?」

 並んで歩いていた天石 茜が漏らした呟きに、望月 英俊が視線を追えばそこに居たのは絵から抜け出したような麗人シルヴィア・A・カペルだった。

「私は確かにシルヴィアだ。君達は……?」

 明らかに異国の容姿なのに、華やかな朝顔柄の浴衣がすっきり似合う。英俊はといえば濃紺一色、茜は誰かのお下がりなのか、生成り色に赤い椿のレトロな浴衣だ。こちらの方がお祭りでは普通の装束のはず。茜は気にせず話しかけたが、英俊にとってはなんだか自分達とは住んでいる世界が違う気がした。

「……いや、そうでもないな」

 並んだ二人を見つめれば、不思議としっくりくる。まるで、一幅の絵画のようだ。そう思えば、むらむらと創作意欲が湧き上がる。とりあえず自分も挨拶しようと近寄れば、短時間ですっかり打ち解けたらしい茜が紹介してくれた。

「私は茜、こちらは望月先輩だよ」
「ほう、二人は付き合っているのかい?」
「学校の先輩だよ!」
「そ、そう、です。……突然何を言い出すんだ……!」

 眼鏡に触れて動揺を抑えつつ。眉目秀麗な女性の内面は随分ヤンチャなようで、なるほど茜と気が合う訳だ。自分は絵を嗜むのだと自己紹介をしつつ、良ければ描かせてほしい、と頼んでみる。

「え、私も?」
「ああ。2人が並んでいる所を描いてみたい」

 そうすれば、今度こそ満足いく人物画を描けるのではないか。不思議とそう思えた。彼のそんな内心を見通すように、シルヴィアは微笑する。

「ああ、良いよ。私も楽しみだ。とりあえず、人の邪魔にならない場所へ行かないとね」

 3人は人通りの多い屋台から離れ、歩いて行った。去る者が居れば、新たに輪に加わる者もいる。

「あ、射的やってんじゃん、ヨーヨーもほしーなぁ。ね、ね。早く行こ!」
「……しょうがないですね。行きましょう」

 幻は、今日の『浴衣デート』のためにアルバイトも入れていない鄙田・アンリを、独り占めしている事が嬉しいらしい。無邪気な顔で腕を取る幻に、柔らかい目を向けてアンリは頷いた。背の高さはほとんど同じで、近づく顔にドキリとさせられるのもそろそろ慣れてきた。高鳴る鼓動に慣れてはいないけれど。請われてアンリが選んだ薄青の浴衣には夏に咲く薄紅の小さな花。「キミ色に染めて」などと意味深な事を言われたような、そうでもないような。

「あ、綿あめ売ってる! 先にあれ買おう! アンリクンも食べる?」

 くるくると興味の変わる様子には振り回される事もあるのだけれど、多分アンリはそれが好きなのだ。振り返った幻の眼が、アンリの落ち着いた青鈍の浴衣へ向いた。目を細めた幻の手が、艶やかな黒髪を留める小さな花飾りに触れる。

「あはは。お揃いだね」
「ふふ、そうですね」

 帯留めの根付飾りで揃いの蜻蛉玉が揺れていた。


「小さい頃は一緒に踊ったよね。ちょっと懐かしー」
「今日も踊るつもりだよ。これまでの分、取り返すつもりでね」

 踊る人々を見て、そう笑う黄泉川・夜道に篠乃木・琢磨はふんすと鼻息荒く。普段はきりりとネクタイスーツの琢磨のはしゃぎぶりに、夜道の口元が思わず綻んだ。2人そろって今日は浴衣。夜道は涼やかな紺青で、琢磨は夏らしい向日葵色。

「普段は黒や赤を見慣れているから不思議だなあ」

 ほわほわと言うよみさんの髪が陽光に輝く色だと正直に言えば照れるだろうか。普段もタイやマフラーにさりげなく瞳の色を入れたりもしているのだけれど。

「盆踊りはきちんと踊れば疲れずにずっと踊り続けることが出来る素晴らしい踊りなんだ」
「嬉しくて張り切り過ぎたら疲れちゃうから、気を付けてね」

 手を引き、引かれて踊りの輪の中へ。

「アルパカ音頭? 聞いたことないわ。周りの連中も、なんやけったいな格好を……」

 小首を傾げたラズリーだが、どんどこ流れる音も周囲の喧騒も、彼女の内なるナニワソウルをこよなく刺激する。ふと気が付けば、自分も浴衣に下駄姿。おお? と袖を見たり足をあげたりしてみると、案外自分に似合っている気もする。

「ま、難しい事はええか!」

 手をあげて、足を運べばアルパカ音頭である。周りに合わせてぴょこぴょこ動けばだんだん楽しくなって。

「なんやしらん、おもろなってきたわ。もっと踊ろ。ほら、そこの人も。踊らな損やで。なんなら飴ちゃんもサービスや」

 と、目についた子らへと声を掛けた。

「エル、一緒に踊ろう!」

 薄灰色の甚平を纏ったハル・チフが手を伸べる。見慣れぬ装束のハルに少年から大人に変わる色を感じ、エルシー・サリバンは頬を染めた。「エルはお似合いなのです!」などと褒められれば、菊と一緒に白地に描かれた薄桃色の牡丹よりも尚、顔が赤く。

「……え。……も、もぅ」

 片手で頬を押さえ、もう片方の手は引かれて、足取りもふわふわと。

「おや。あれは……?」

 見覚えのある姿が、踊りの輪へ向かうのを見て、メルチス・アダラードは一瞬声を掛けようかとも思ったが、お互いしか目に入っていない様子にヤボは止めようと首を振った。

「踊りも楽しそうですが、今は間が悪いですか」

 多くの孤児達を見送ってきたメルチスは、恋する若者への理解もある。年長の見知った顔に出会うと気まずくなるだろう、と気を回して屋台へと足を向けた。見慣れぬ店にも商品にも興味はある。

「こっちに射的もあるよ! あ、あっちにはチョコバナナ!」
「一人で行くとはぐれちゃうわよ! ……あ、騒がしくてごめんなさいね」

 一角へ足を踏み入れた途端、天音と乙女にすれ違った。どこで買ったのか、猫のお面を斜めに被り、両手は綿あめと焼きそばで埋めた乙女は周りが目に入らない位に祭りを満喫しているようだ。ぶつかりそうになったメルチスへ天音が軽く頭を下げる。後からやってきた朔真はたこ焼き、天音は人生初の林檎飴と4人であれこれ食べ歩いていたらしい。

「朔! ちゃんとエスコートしないと駄目じゃない」
「いや。……そうだな」

 何か言い訳しようとしてから、朔真は口をつぐんだ。お面の猫さながらの気まぐれダッシュを予期するのは難しい。良し、と頷く海愛は弟をせかすように背を叩く。黒地に流水紋の浴衣の朔真と、上げ髪に纏めた朝顔柄の浴衣の海愛は、黙って並んでいれば姉弟に見えるかもしれないが、言葉交わせば明らかに姉と弟だ。

「乃木平はこれが欲しいのか?」
「うん。可愛いでしょ」
(これからも、弟と仲良くしてやってね)

 射的の屋台前で仲睦まじい2人を、見守る海愛の後ろ髪にキラリと輝く蜻蛉玉は嬉し涙か寂し涙か。なるほど、ああいう物かと朔真の後にメルチスが射的に挑戦する。その後ろ髪に熱い視線を向ける女性がいた。

蜂蜜色ハニーブロンドの……。これは、お祭りでは期待できないと思っていた、素敵な出会いの予感!)

 蜜蜂ハニヰ先生こと、五月晴 鈴だ。蜜蜂を愛し、蜜蜂になりたいと願う……、かどうかは定かではないが、蜜蜂テイストには並々ならぬ拘りを持っている。本日の浴衣の柄も、黄色いハニカム模様。蜜蜂の飾りがチャームポイントだ。

「もしかして、欲しい物があるのですか?」
「え、は!? そう! そうなのよ!」

 熱い視線に気が付いたメルチスがそう問えば、不審な心を慌てて押し殺す鈴。初対面の男性に貴方の髪が欲しい、などと言う訳にはいかない。社会的に死ぬ。射的台の上を眺めれば、どっしり構えた蜂の置物があった。その体格、ライバルの熊公の如し。

「あ。可愛い……」
「あれですか? では、やってみます」

 震える指で差すと、紳士なメルチスは彼女のセンスに疑問を見せる筈もなく銃を構え、撃つ。撃つ。……もひとつ撃つ。

「はい、残念賞。もう一度やるかい?」
「む……」

 自分の事ならばあきらめもつくが、頼まれた都合どうしたものか。

「お兄さん、お困りでしょうか? 射的なら、多少は覚えがありますが」

 上阿井・流の言葉に、頷くメルチス。鈴は流の視線が自分と同じ場所に向いているのを察知した。流の趣味は髪を弄る事。けれど、対価を払って弄らせてもらう事もあるので『職業』ではなく『趣味』なのだ。そんな彼がメルチスに掲示した対価は。

「じゃあ、結いますよー。どんな髪型かご希望は? 無いですか? では、男性ですけれど上に結ってみましょうか」
「あの髪を好き放題する権利……! 羨ましいぃ」

 ふてぶてしい蜜蜂の置物を抱きながら、鈴が本心を漏らす。でもあの髪がいい感じに結い上がり、ついでに蜜蜂の髪飾りをあしらったりすれば大勝利なのでは? そして、彼女の手元には蜜蜂の飾りがある。

「あの、これ使ってもらえる?」
「髪飾りですか? お預かりします」
「いえ、プレゼントで……!」

 お気に入りのアイテムだが、しかし。祭りの出会いは一期一会! 鈴は旅立つ蜜蜂を親の気持ちで見送る。

(素敵なハニー金髪に、大事にされるのよ……!)

 素早い手際でまとめられた髪に簪のようにあしらわれた蜜蜂の姿。メルチスは恐縮していたが、贈った鈴は満足であった。しかし、世には結ばれる縁もあれば、切れる縁もある。一度切れた縁がたまに近づいても、それは過ぎたもの。御剣 正宗もそう分かってはいたようだが、男性より女性の方がすっぱりしているようで。久しぶりに出会ったシルキー・スノーホワイトにとって、正宗は『過去の人』だった。

(まあ、それはそれで割り切れて良い、か?)

 元カノがまったくこれっぽっちも気にしていない様子なのは、それはそれで自信家の彼にとって複雑ではあったが。久しぶりに会って気になるのは、別れてからのお互いの状況だった。

「シルキーは、最近何をしてた?」
「……彼と、お店を開く準備をしています。正宗は?」
「彼女に誘われて、芸能界に。アイドルを始めたよ」

 同じ方向を見ていた時と変わらぬ誇りをもって料理人として生きるシルキーと、新しい世界へ漕ぎ出そうという正宗と。子供の頃のように並んでラムネを飲みながら、互いのこれから行く道を認め合う。

「これからも、仲良くしてくれるか?」
「こちらこそ。店を開いたら連絡しますね」

 もう、生きる道が重なる事は無いかもしれない2人が、微笑を交わし、約束も交わした。恋ではなく、友情をいつまでも、と。


「これは困った! ここはどこだ! ボクは迷子だ!」

 困っている割には正確な自己認識をしつつ、AIは周囲を見回した。美味しそうな匂いと屋台が並び、遠くからは太鼓の音が響いてくる。これはつまり、5歳児でも分かるお祭りという奴だ。

「おいしそう! どうしよう! お小遣いが無い!」

 インプットから連想を垂れ流し、自分のリソースを確認してから元気いっぱい現状把握。そんなAIを、不思議そうに雨縞 ナツが見つめている。

「お小遣いが無いの? 願えば出てくるんじゃないかな。だってほら、ここは夢だし」
「そうなのか!」

 夢の中で出会った子供に話しかける自分にナツは内心で首を傾げつつ、どこか暖かくも懐かしい祭りの空気に惑わされたのかと思った。ならば、夢の中でくらいは、普段の自分とイメチェンしても良いのかもしれない。

「本当だ! ポケットの中にお金がある! 親切にありがとう!」
「どういたしまして。楽しんでいってね」

 こんな会話も、どこかほっとする。夢から覚めても忘れずにいられたら良いな、と思ってからギョッとしたように目を見開いた。

「え……パンダ? アルパカ? 不思議な……夢」

 法被姿に鉢巻きを締めた人間サイズのパンダ、ハッタ・ムラムラが同様の格好のアルパカを連れてのしのしと歩いていく。アルパカの方は普通のアルパカらしく、4本足でめんどくさそうな顔をしていた。

「凄いのだわ! ろこ、パンダさんを初めて見たのだわ!」

 目を輝かせる宝井 ろここの姿に、あれが少女の初パンダで良いのだろうかと首をかしげてから、これは夢だったと慌てて首を振った。どうにもリアルで楽しい夢で、魅力的過ぎる。

「甘くて溶ける! 綿あめは凄い!」
「これは美味しいのだわ!」

 早速おやつに綿あめをチョイスしたAIと、次に並んで購入したろここが揃っておおはしゃぎした。お祭りで食べるものは、何故かとてもおいしい。次は何にしようと鼻息荒く周囲を見たAIの眼が、丸く見開かれた。

「ロボだ――――!」
「んギャ? シファーはシファーだギャ!」

 シファー・アルムグニーはリザードマンである。中にロボが入った着ぐるみではない。そう説明されれば、AIは素直に頷いた。

「ロボじゃなかった! でもすごい!」
「凄いのだわ!」

 きゃいきゃいきゃっきゃっ。幼い子達は初対面でもすぐに仲良くなれて羨ましい、と思ってみていたナツの視線が、3対の眼とぶつかる。何かを期待しているような強い視線に、思わず背後を見たが誰もいない。彼らが見ているのはナツらしい。

「……凄い、ね?」
「んギャ、ありがとだギャ!」

 反応としてはそれであっていたようだ。浴衣姿の2本足の蜥蜴が万歳しているのは可愛らしく、少し表情が緩む。

「おや、これは珍しい風体のお子様ですね。お子様、ですよね?」

 シファーの外見に戸惑うも、残り2人を見てデルタミール・アックドネメシスは笑顔を向けた。うっすら白塗りに大袈裟に紅を塗った口元、濃い目のアイシャドーに不思議そうな目を向けるAIに片目を瞑り。

「お近づきの印に、こちらをどうぞ」

 さっと手を一振りすると、浴衣の袖から萎びた風船が現れた。何だろうかと首をかしげる子供達に、これは失敗! と大袈裟に首を振ってからぎゅっと手を握り込む。ふっと息を吹きかけて広げるとプクプクと風船が大きく育った。

「わわ。どこから空気はいったの?」
「手品なのだわ!」
「凄いのギャ!」

 風船は1人1つづつ。ふわり浮かんだそれを手首に結んであげれば、ありがとうおじさん、と声を揃えた。

「アナタもお1つ如何です?」」
「いや、私は結構だよ。風船で喜ぶ年じゃない」
「じゃあ、あなたにはお菓子を分けてあげるのだわ!」

 道化の風船をお断りしたナツへ、ご機嫌のろここが綿あめを分けてくれた。ちなみに2歳しか違わぬ2人である。13歳と15歳の間には意外と大きな思春期の壁があった。

「ん……、美味しいね」

 当たり前の味のする綿あめが、じんわり心にしみわたる気がした。かしましい子供たちはそのまま踊りに向かうようだから、それを眺めてみても楽しいかもしれない。夢から覚めた時、忘れずに覚えていられたらいいな……、とナツは思った。



「わ、アルパカ音頭? めっちゃ楽しそう! あたしも踊るー!」

 と、テンション高く踊り込んだ鬼燈 緋音が、踊りの輪の脇のステージっぽい高台に見覚えのある顔を見つける。

「あれ? カンミじゃん。どしたの?」
「あ、緋音さん……? いえ、私も何が何だか」

 十六島・甘美の手には見慣れたギター。祭りには似つかわしくないアンプやスピーカーなど揃っているが、バンドメンバーは用意されていないソロステージだった。おろおろと周囲を見回していたのだが、ステージ下は踊り手の熱気むんむんで降りれなかった、らしい。

「ん? 降りたいなら手、貸すけど……」

 どう見てもこの場所は夢だ。なにせ二足歩行のパンダや蜥蜴がうろついている。ならば一発弾けてみてもいいんじゃない? と緋音が小悪魔の囁きを友達へ届ける。

「え、どうしましょう。確かに、夢なら……?」
「なんならカッコカワイイステージメイクとかしよっか? ヘアセットも……、あそこにちょうどいい人がいたー!」

 ぶらついていた流を捕獲し、緋音がステージへよじ登ってくる。

「ここ涼しい~。うだる~。あ、あたし合いの手とか入れていい? 面白そう!」

 人混みから解放されて赤黒の浴衣の胸元をパタパタ仰ぐ緋音。着崩された部分を自分と比較しそうになって甘美は慌てて首を振る。今は自信を無くすようなものは目に入れない。考えない。OK?

「……こうなったらとことんやってやる……!」

 祭囃子にギターを合わせるなんてロックな事、現実では怖くてできないけれど、夢ならば。

「……まァ、なンとも独特で楽しぃわねェ?」
「成程、それもまたアリだな」

 何処か歪んだ笑みを浮かべつつ、緋崎・憂女は愉し気に言う。期待のジャイアントパンダ音頭ではなかったものの、ハッタもニヒルに笑ってこの『アルパカ音頭』を受け入れた。

「明るぃのも、たまにはいぃとしましょぅか」

 浴衣にあしらわれたのは朧月へ吼える狼犬とあれば、彼女自身が美女にして野獣。パンダがいる程度で動じる事はない。

「うむ。祭りとなれば踊らねばなるまい」

 美女と野獣パンダが頷きあうも、踊る踊らぬはその人次第。パンダとアルパカがギターのビートに合わせて少し早足になった踊りに身を投じるのを、憂女は鼻歌交じりに見送った。

「――どこだ、ここは。祭り……の、ようだが……」

 魂を轟かせるエレキなサウンドはまた一人、夢の世界へ客人を誘う。サマエラ=フォリウムは、気を張ったいつもの様子とは打って変わってぼんやりとした視線を周囲へ向ける。どこかで見たような顔も、見た事もないような顔も、暢気に笑って踊っていた。

「…………夢、か?」
「夢、なのね」

 納得したように、玄羽 夜風は辺りを見回した。楽し気に踊る人、屋台から漂うチープで食欲をそそる匂いと音。

「そうよぉ。夢の中へいらっしゃぁい。楽しんでいくのよぉ」

 憂女が2人へ笑いかけ、またふわりふわりと歩いていく。次は遊びか買い食いか。彼女は祭りの雰囲気を存分に堪能していた。

「何だか不思議、だけど……些細な事、よね……?」
「そうだな。突拍子もないことは概ね夢故と相場が決まっている、そういうことか」

 初対面の筈の夜風とサマエラは、何かに納得したように頷きあった。夢ならば、誰憚る事なく自然体でいてもいいのだ。女性物の浴衣を纏った夜風がふわっと歩を進め、ふにゃりとサマエラの顔が愛らしくふやける。

「……んー。夢の中なら安全だし、見たことない食べ物とかあるし……」

 力を抜いて、起きる前に思う存分楽しもうか、とサマエラは言い。それを聞いた夜風も屋台のお菓子へ目を向ける。

「甘い物、林檎飴も、綿飴もあるのね」

 祭りの定番のお菓子に視線が行けば、きつめの目元が僅かに綻んだ。皆で騒ぐのは好きではないけれど、距離をおいて楽しむのは嫌いじゃない。はて、両方食べてしまうのは女性らしい行いだろうか。などと悩む姿は乙女その物に見えた。

「サファーも一緒に楽しむギャよ!」

 肩に猫を載せたシファーがぺたぺたと適当に足を踏み、可愛らしい様子に周囲が微笑む。

「え、何あの踊り。アンリクンわかる? ま、いーや一緒に踊ろ!」
「……っ。分かりました」

 無邪気にはしゃぐ幻に手を引かれ、アンリも踊りの輪へと。あちらでは、メルチスも恐る恐るステップを踏んでいる。

「アルパカパカパカアルパカ音頭~」

 甚平姿でついさっきまで踊っていた碓氷・麻樹も、整った顔でまだ愉し気に口ずさんでいた。両手には一杯の花火を抱え込んで、どこかで一花咲かせるつもりだ。

「お祝いやし、多少ハメはずすんは許してぇな」

 誰に謝っているのか、そもそも何のお祝いなのか。なんぞの一周年か。そんな疑問を抱きつつも、松木・こんは初対面の相手に突っ込めるメンタルはしていない。むしろ、人混みの多さにさっき食べ始めたばかりの焼きソバが危険でピンチなくらいだ。

「……」
「ん? あ、もしかして花火、したいん?」

 目が合って、何か物凄い勘違いをされた。そうではない、と口に出すのも面倒だったので首を振ると、そっかー、とフランクに笑う。滅茶苦茶な美形は、どこかで見たような気もした。駅ビルに下がっていたでっかい広告とか。美形でコミュ力高めで気まぐれとか、まるで猫のようだ。と思うと少し親しみがわく。それでもついていこうと思う程でもなく、何事もなく別れたけれど。

「……花火、ですか」

 初対面のイケメンとは気疲れするが、アパートの住人仲間でこじんまりとやるなら、それはそれで有りかもしれない。残りの焼きソバを口に運びながらそんな事を思った。



(甘い……ちょっと、食べづらいな)

 青柳・佐保が慣れない屋台の林檎飴に四苦八苦していた間に、随分時間が経ったようだ。行儀悪く食べ歩いてみる間に、気が付けば踊る人波のすぐ傍に来ていた。

「水分抜きだと、少し辛くないかな? 良ければどうぞ」
「あ、常若さん……?」

 ひょい、と差し出されたペットボトルの先を見れば、行きつけの喫茶店の辻子・常若が立っていた。礼を言って一口飲めば、喉のつかえが降りる。

「ありがとう。常若さんもお祭りに?」
「僕は何か、気が付けばここにいたんだよ。佐保さんは」

 互いに情報を交換し、もしやこれは夢ではと思う。

「そういう事もあるんだね。夢でもし会えたら、か」

 なんかそんな古い歌があった気がする。しかし素敵な事なのかどうかと言えば、普段通りの顔で不思議もない。

「しかし、何のお祭りなんだろう。アルパカ音頭……。アルパカ信仰なんだろうか。インカ帝国では宗教儀礼にも使われたと聞くけど」

 いや、常若は踊りの雰囲気から不思議の気配を勝手に見出していた。昔のアニメのEDってこういうの流す風習あったよなあ、と呟かれ、そうなの? と問い返す。アニメを見れるような家ではなかったから、あまり知識が無いと言えば。

「へぇ。じゃあ踊ってみたら?」
「え? アタシも?」

 断る理由もないし、断る気力もないし。見様見真似で踊ってみれば、これが意外と楽しい。

「あは、楽しいね」
「それは良かった。楽しい夢を見ておけば、正夢になっても後悔しないよね」

 常若はオカルトだかそうでないか分からないようなことを言う。手にした焼きそばを口に運びながら、はてこれが夢なら腹は膨れないかもな、と首を傾げた。佐保と入れ替わるように、踊りを堪能したハルとエルシーはそっと輪から離れる。

「エルは踊りも綺麗なのですね、手の動きとかすごいなぁって見惚れたのですよ」
「は、うぅ……」

 今日のハルはずっとこの調子で、エルシーは照れっぱなしだ。幼馴染で恋人の可愛い一面に、ハルが身をかがめて顔を寄せる。

「1人じめしたい気分なのです」
「……はぅ」

 照れながらもにっこり笑うハルに、エルシーは両手で口元を隠して目を丸くする。ドキドキ高鳴る胸が飛び出しそうで、火照った頬が焼けそうで、それでも目が離せず見つめあい。そのまま歩いたものだから、何かにつまずき笑いだした。何が起きても楽しい、そんなひと時は若さの特権だ。

「やっぱり、最後までは続かないねぇ」
「喉が渇いたな。飲み物を買ってくるよ」

 琢磨の子供の頃の事を思い出してみれば、やはり最後まで踊れた試しはなかったような。2人で訪れる祭りのひと時は楽しいのだから、落ち着いて踊れないのも仕方がない。琢磨は過去の自分をそう言い訳しつつ、屋台へと歩いていく。その背を目で追いながら、夜道はふくふくと笑っていた。今日は幸せな日だ、と。


「あれ? 御剣さん。何か、雰囲気変わりました?」

 祭りから出て家路につく人々は、少し物寂しい雰囲気を漂わせている。そんな人波の中にいた正宗を、流が見つけて声を掛けた。

「そうかな。宙ぶらりんだった物を、ちゃんと仕舞ってきた所だから、そう見えるのかもな」

 今の生き方に後悔はないが、一抹の寂しさはある。そんな風情の正宗の横顔に何を感じたのか。流は人差し指と中指をチョキチョキ、と動かして見せた。

「せっかくだから、気分転換はどうかな?」
「……じゃあ、頼もうか」

 過去に笑って背中を向けて、正宗は歩き出す。離れた場所でぱちぱちと花火の音。麻樹の周りで、ろここやAI、シファーと言ったお子様も一緒に楽しんでいるようだ。ドンドン響く太鼓の音と、弦の音。不思議な出会いを果たしたシルヴィアと茜、英俊の時間も、あと少しで終わりそうな気がする。

「描けた……!」

 短時間、野外で描いたにしては満足が行く出来だ。いや、正直に言えば出先だからこそ思いきれた面もある。完璧を追い求める普段の英俊では描けなかったかもしれない一葉。

「ほう、これは……」
「わあ」

 黒髪と白髪。灼眼と碧眼。対為す要素が互いを引きたてつつ、一纏まりの絵としても仕上がっていた。見比べれば全然別の2人が、絵の中では仲の良い姉妹のようにも見える。それが、2枚。モデルになった2人に1枚づつ渡したいと、急いで筆を走らせた。

「立派なものだ。大事にするよ」
「私も。ありがとう、先輩」

 大切そうに胸に抱く2人へ、気の利いた事をパッと返せずに英俊はただ頷いた。


【執筆:紀藤トキ】


「あれ……?」
 軽快なBGMが流れるお祭り会場で、エシギは首を傾げていた。
 さっきまで別人になって役者をしていたり、遊園地で逃げていた気がするのに……?
 いつの間にか、気付けば辺りには無数の屋台。エシギ自身も甚平姿で会場を歩いていた。
 一体どっちから来たんでしたっけ、と見回せば、灯りのともった提灯が風にゆらゆら揺れている。協賛:あるぱか堂、FMエピカ、インソム倉庫、月ノ下神社、陽ヶ沼たばこ店――。
「まさに以前、本で見た光景です」
 わくわくと心躍らせながら歩くのは、シャリアーヌ=ウルス=ロンディニオン。かつて書物で見た、東方のお祭りらしき光景が今、視界いっぱいに……いや、それを越えてどこまでも、どこまでも広がっている。それを目いっぱい存分に体験しようと、まずは焼き鳥と書かれた屋台へ、シャリアーヌは飛び込んでいく。
「あ、もしもし……はい、いまちょうど屋台の辺りにいまして……」
 きょろきょろしながらスマホで喋っているのはプラムだ。人と会う約束があるのか、出口に向かおうと急いでいるが、辺りには人が多く、なかなか思うように進めない。そのせいかプラムの顔には、やや焦れたような色があった。
「さーて。そんじゃ、迷子の子猫ちゃん探しましょーか」
「な、なに? 今のイケボ」
「誰誰っ?」
 思わず周囲の女の子達が振り返る程のイケメンボイスが響いたかと思えば、歩き出したのは梅枝 遙花である。ビクーニャプロダクションのみんなとお祭りに来たのだが、この人出の多さにすっかりはぐれてしまったのだ。
 BGMのリズムに合わせて歩いていると、じきにそれは祭囃子に変わっていく。太鼓の音に合わせて響くのは、このお祭りでみんなが踊るアルパカ音頭だ。
「100年先まで、アルパカ音頭――脳に染み付く歌詞だな……」
 なんとも妙なリズムだなと、慣れない感覚にむずむずしながらHarley・Lovemanが呟く。100年というのは、果たして長いのか短いのか――それすら解せぬと歌詞に突っ込みつつ、かき氷でも食べるかと屋台へ近付いていく。
「エモエモ~、えもえも~……うわぁ、面白い音楽が流れてるよ~」
 繰り返し流れるメロディを聞くうちに、気が付けばついつい口ずさんでしまっているのは明坂 壱之丞。アルパカ音頭をすっかり面白がっている様子の壱之丞の袖を、くいくいっと引いたのは、妹の明坂 みゅみゅあんだ。
「兄貴~、みゅみゅちゃん林檎飴食べたいな~」
「林檎飴かぁ、いいね~、選んでおいで」
 フルーツ飴の屋台を指差すみゅみゅあんへ、にこにこ笑って当たり前のように頷いて財布を取り出す壱之丞。
「それとね、あっちの綿あめも! あっ、向こうの焼きそばもいいなー!」と、立ち並ぶ屋台の看板を見ながら、ウキウキ飛び出して行こうとするみゅみゅあんの襟首を、ガシッと明坂 桜侍が掴む。
「兄貴! みゅみゅを甘やかすな! みゅみゅ! そんなに買っても食べきれないだろ!」
「大丈夫だよ~。3人で分ければ、それなりに食べられるよきっと~」
「余ったら持って帰って冷蔵庫に入れれば大丈夫!」
 二人を振り返って常識的なツッコミを入れる桜侍だったが、壱之丞はふんわり笑って、みゅみゅあんは親指を立ててビシッと返して、ぜーんぜん動じてない。
「ったく、しょうがねぇな……」
 ぶつくさ言いつつも、みゅみゅあんが「あれも、あれも、あっあれもいいなー!」と次々買っていく焼きそばとおでんと焼き鳥のパックを、袋に入れて持ってあげるあたり、なんだかんだ優しい(甘い)桜侍である。
 そんな弟の様子に、壱之丞は目を細めて。
「声を張って喉が渇いていそうだし、おーじ君にはジュースを買ってあげようね~」
「あ、タピろうタピろう!」
 次あれ! とちゃっかりタピオカジュースの看板を指差して、いち早く壱之丞にねだるみゅみゅあんである。
「あっ、見て茜音ちゃん かわいい林檎飴……」
「きゃー!」
 姫林檎の林檎飴を覗いているのは、朝顔柄の浴衣を着た遠野 杏樹と、金魚柄の浴衣を着た畔上 茜音だった。二人の腰ではお揃いの兵児帯が、ふわふわ愛らしく金魚みたいに揺れている。
 そんな二人を、遠野 北都は氷室 直輝と一緒に見守っていた。
(少し前まで、両腕に抱きかかえ上げられるくらい小さかったのに、成長は早いな……)
 あっという間だと、しみじみしてしまう北都。と、その時、ふと皆に何かを聞いて回っている、撫子柄の浴衣を着た女性――鴇羽・撫子の姿が目に入った。
「あの、私と同じくらいの背の、こういう髪型の子、見ませんでしたか?」
「それなら向こうで見た子かも」
 浴衣に合わせて長い髪を結い上げ、綿あめを手にした影巻 御言が答えると、撫子を案内していく。どうやら無事に解決しそうだと、視線を娘達の方へ戻せば……。
(これ、ナンパだよねぇ……)
 と、茜音が少し困ったような顔をしている。その隣では、杏樹が声を掛けてきた見知らぬ少年達に、きょとんとしながら「何かご用ですか?」と答えていた。
「用っていうかァ」
 ニヤニヤ笑って、妙に馴れ馴れしく茜音と杏樹へと近付こうとする少年達だった……が。
 その時、どこからか鋭い殺気が突き刺さった。
 ――北都である。
「おい、先に手を出すなよ」
「――任せろ。一発くらってからなら正当防衛だ」
 思わず北都のことを制止しかけた直輝だったが、その切り返しに「なんだ、ちゃんと分かってるじゃないか」と笑う。
 そう、直輝の方こそ、ただただ笑んでいるだけのように見えるが……その笑顔には、どことなく屈してしまいそうになる、圧力に似た何かがあった。
「あ、いや……おにーさん一緒なんだ……」
「なんでもないデース」
 そんな北都と直輝に気付いた少年達は、早々に退散していった。
「逃げてっちゃった……ヤダ、直輝先生ヘンなの!」
 ホッと安堵しながら振り返った茜音は、そんな直輝の顔に気付いて思わず笑う。
「でも助かっちゃった! ありがと、お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん、は少々気恥ずかしいですね」
 兄に間違われたことに茶目っ気を出してお礼を言う茜音に、さっきまでの表情を崩して今度こそ笑う直輝である。
「ふふ。じゃあ今日はお父さんも直輝おじさんも私達のお兄さん、ね」
 杏樹も乗っかってそう言いながら笑っている。そんな娘の姿に北都も微笑んで「ほら、行くぞ」と出した手を杏樹と繋いだ。
「わたあめふわふわ……! とっても可愛いの……!」
 アルパカ柄の綿あめを買って、ウキウキの白乃透・絵凪が、そんな彼らとすれ違った。
 甘くて可愛い綿あめに幸せそうな絵凪だったが、不意に、自分が今みんなとはぐれて一人ぼっちな事を思い出すと、急に心細くなってしまう。
 と……。
「絵凪ちゃん!」
 駆けつけてきたのは撫子だった。ようやく見つかった、とホッとする撫子が傍に来てくれて、絵凪もまたホッとする。
「他のみんなとも頑張って合流しましょう」
「うん。あ、撫子ちゃんも食べる? とっても美味しいの~」
 ふわふわの綿あめをお裾分けする絵凪。そんな二人の合流を見届け、案内した御言は「良かった良かった」と離れていった。
「綿あめ、いいわね」
 金魚すくいを楽しんだ後、綿あめの屋台を覗いたのは影谷 揺楽だった。朝顔柄の青い浴衣を着て、明るい雰囲気にまとめた揺楽は、持っていた金魚を甚平姿の二ノ宮 鉄騎に預けて、綿あめを買う。
 その間に、辺りはすっかり人の波。
「あら……?」
「こっちだ」
 きょろきょろと見回す揺楽の手を鉄騎が引く。なんとか二人は、はぐれずに済んだ。
「ありがと。ああ、はい、これ」
 人の波の中に戻って歩きながら、揺楽は綿あめを鉄騎の口元に寄せる。今、鉄騎の右手は揺楽の左手を握っていて、もう反対の手は金魚で塞がっているから……まるで「食べさせてあげるわね」とでも言うかのように。
「……あんたなぁ……」
 もふっと綿あめを一口食べながら、それでもつい一言、言いたくなる鉄騎である。
「……こういうの誤解されるから、あんまりやるなよ?」
「えぇ? だっていつも食事作ってもらってるから、たまには食べさせてみたいなって」
 誤解も何も無いでしょう、と言いたげに笑う揺楽は楽しそうで。
 まあ、俺だけになら誤解も何も無いからいいか……と、なんでか小さく溜息をついてしまう鉄騎と、揺楽は二人で一つの綿あめを交互に食べながら祭りの喧騒で賑わう夜道を歩く。
「Ella、アレックスも」
「あら、ジール君」
 金魚すくいの屋台の前では、ZielとElla、Alexがバッタリ出くわしていた。
 AlexとZielはどちらも同じ黒色の浴衣、Ellaは藤色の浴衣にまとめた髪にかんざしを挿した装いで、三人とも、今日はお祭りらしく服装を纏めて歩いていた所だった。
「金魚すくいか。一勝負、やるか?」
 屋台を見やり、せっかくだから対戦しようかとZielが誘えば、「いいわね、受けて立つわ」とEllaも自信ありげに頷く。
「ね、アレックス、掬えたら飼っていいわよね?」
「ああ。掬えたらな」
 Alexが頷き返すのを見て、Ellaのポイを握る手ににはいっそう気合が入る。
 制限時間は一分間。三人は肩を並べて、金魚すくいに挑むのだが……。
「やれやれ」
 すぐに穴の開いてしまったポイを見て、Alexは苦笑いする。あとは、真剣な顔で金魚を追いかけている二人の撮影係に徹するかと、下げていたカメラを構えることにした。
 色とりどりの金魚を追いかける真剣な眼差し、巧妙な指先の加減で器用に金魚を掬う、その瞬間の水飛沫、そして二人の笑顔……。何枚かの写真を撮っているうちに、一分間はあっという間に過ぎて――。
「私の勝ちね!」
「くっ、あと一匹及ばなかったか……!」
 僅差ながらも、勝負はEllaの勝ちで幕を下ろした。彼女の、その嬉しそうな笑顔も、Alexは逃さずカメラに収めている。
(こんなに喜んでるんだ、案外、これで良かったのかもしれないな)
 そんなEllaの様子を見ていたら、勝負に負けてしまったのも悪くないかもしれないと、そう密かに思えてしまうZielだった。
「あの、すみません。少々お尋ねしたいのですが」
 と、そんな屋台へやって来たのは、仲間を探して歩いていた七森 青葉。特徴を伝えて行方を聞き込みしてみるが、残念ながら手掛かりは無い。
「そうですか……。それにしても金魚、なんだか懐かしく感じてしまいますね」
 レトロモダンな浴衣姿で覗き込む金魚の屋台は、なんだかノスタルジックな気持ちに気持ちにさせてくれる。
 そんな青葉の様子に、Zielは、もし良かったら金魚のお裾分けはいかがですかと誘いかける。勝負に白熱するあまり、飼うにも少々多すぎる数の金魚になってしまっていたからだ。
「ありがとうございます」
 青葉は金魚を貰って、また皆を探して歩きだした。

「いらっしゃい、いらっしゃーい! お祭りの思い出にパンダはいかがかなー? 尻尾の白い本格派だよ~」
 屋台の呼び込みをしているのは、アイル・G・メラノレウカ。彼女の屋台は、尻尾が白いパンダのグッズにこだわりにこだわりぬいた、良質なパンダショップだった。
 お祭りらしく浴衣や甚平を着たパンダのぬいぐるみや、アルパカを被ったパンダのぬいぐるみがもふもふもこもこと並べられて、更にパンダのイラストが描かれた衣服や雑貨や文房具などが、所狭しとずら~っと並ぶ。
「ちゃんと尻尾が白いなんて、これは買いね!」
 卯咲・心は、その呼び込み文句を聞きつけると商品をしばらく眺めて「これにしようかしら」と根付タイプの浴衣と甚平のパンダをセットで購入する。
「あら、くじもあるのね」
「お客さん、お目が高いね~」
 一等の特大ぬいぐるみから七等のパンダちゃんティッシュまで、ハズレは無しのパンダくじ。ここは一つ、運試しにとくじも引いてみれば、結果は……六等、パンダちゃんハンカチ。
「残念ね」
 とこぼしつつも、まぁくじなんてこんなものよね、とハンカチを受け取って、心は足早に人波の向こうへ消えていく。
 入れ替わるようにやってきた御言も「こういうのお祭りっぽいかも!」とはしゃぎながらくじを引き、ゲットしたのは四等のパンダちゃんトートバッグ。
「へえ、可愛い~」
 早速それを使ってみる御言だった。
「これは、これは。まさかパンダ専門の屋台があるとは」
 その横から、露店グルメを食べ歩いていた半田・笹丸が覗きこむ。ここはパンダが好きな人間には見過ごせないスポットらしい。
「くじは祭の醍醐味ですね~」と、ひとつ引いてみた笹丸の結果は、五等パンダちゃんカチューシャ。迷わずそれを身に着けると、笹丸はパンダ雑貨の数々に手を伸ばす。更に、
「ハッ……! アルパカを被ったパンダ、なんてメルヘンなんだ!」
 もふもふのモコモコが呼んでいるとばかりに、一番大きなサイズのアルパカパンダを買ってしまう笹丸である。抱えきれない程たくさんのパンダグッズを抱えるに至り、通りすがりの人々の注目をすっかり集めている。
「今日はご一緒できて嬉しいです」
「いや、こちらこそ」
 セオ・ウルジオとカルフ・オルヴォは、そんな大勢の人達で賑わう屋台の傍を通り過ぎる。セオから見れば、浴衣に草履姿のカルフはとても格好良くて、つい見惚れてしまいそうになってしまう。
(なんだろう、こんなにドキドキして……あっ)
 憧憬の眼差しを向けていたセオは周りへの意識が疎かになって、人波に飲まれてしまいそうになる。そんな彼の手をカルフは慌てて掴むと、力を込めて引いた。
「ひゃ……! すっ、すみませんっ」
「……いいさ。だが気を付けろ」
 カルフから見れば、かつての亡き主にそっくりなセオが、その仕草も反応も――別人だから当たり前なのだが――何もかも違っていて、そのたびに戸惑う気持ちが現れてしまう。
(……解っている。解ってはいるのだ、だが……)
 慣れるには、まだもう少し時間が掛かるのかもしれない。
「テス、大丈夫か?」
「ごめんね、下駄が少し歩きにくくて……」
 テス・クラルスを気遣うロイ・アウレアは、気にしなくていいと首を振った。テスの歩きやすい速さに足並みを揃えて、ゆっくり手を繋ぎながら歩く。
(ロイは何着ても格好いいな……)
 つい見つめてしまうほど素敵なんだよ、とテスは暗緑に縦縞のしじら織の浴衣に角帯を締めた彼の姿を見つめて笑う。
 そんなテスの金魚柄の浴衣に合いそうな赤いかんざしを見つけたロイは、屋台の主に声を掛けると、買ったばかりのそれをすぐにテスの髪に挿す。
「うん、似合うよ」
「ありがとう」
 微笑み合いながら指先を絡めて再び手を握り合うと、また歩き出すロイとテス。
(お父さんと並ぶのは久しぶりだな)
 二人がすれ違ったのは、親子で並んでお祭りに来ていた夕星・影拾と東鬼・藍だ。
 影拾にとってお祭りといえば、もう何年もずっと友達と一緒に行くものだったから……こうやってお父さんと一緒に歩いていると、なんだか少し懐かしい気持ちになるな、と影拾は思う。
(この浴衣は、まだ小さかった頃に義母が用意してくれたものだったな)
 懐かしさを感じていたのは、藍の方も同じだった。
 孫の為に、と買ってくれた浴衣を影拾が着ていることで、我が子がそれを大事にしていることがわかる。……あの頃と比べたら、影拾はすっかり背が伸びて……本当に大きくなったものだ、と、しみじみしてしまう。
「……影拾も大きなったなあ」
「えー? クラスでは一番小さいけど」
 つい口にも出してしまう藍の言葉に、ちょっと恥ずかしそうに笑う影拾だが、そこにまた成長を感じられて、更に笑みを深める藍だった。

「ふふ、先越されちゃったねえ♪」
 夜城・海愛が待ち合わせ場所に着くと、そこにはもう藤堂・皐の姿があった。海愛がくすりと笑えば、白い浴衣の生地に描かれた朝顔と金魚がゆらゆら揺れる。
「夜城さん、ゆ、浴衣似合ってるね!」
 思い切って今日のお祭りに誘って良かったよ! と告げる皐は、いつも通りに喋っているつもりだったが、その顔はすっかり真っ赤だ。そんな彼の姿に海愛は笑みを深めて「ありがとう。さ、行こうよ」と歩き出す。
「あ、射的……万華鏡がある~!」
「欲しいの?」
「うん☆」
 あんまり見かけないよね、いいなぁ……と海愛が呟くのを聞きつけ、皐は任せてと銃を取る。これでも射的は得意なのだ。狙いを定めて……一発。小気味良い命中音と共に万華鏡が倒れる。
「わぁ、すごいね!」
「へへ……射的得意だから、欲しいものじゃんじゃん言ってね」
 じゃあね~次はね~、と景品を眺めている海愛の反対側で、獲物を狙うスナイパーのように銃を構えたのは心である。発射された弾丸が倒したのは、パンダの貯金箱。
「ふふっ……」
 ここでもパンダは見過ごせず、見事ゲットした心である。
「射的だって、楽しそう。椿、遊んでいこうか?」
『いいですね』
 たこ焼きを二人で分け合って食べつつ、スマホの画面を覗きながら話していた匂坂 沙羅と鴨井 椿が、賑やかな屋台の様子に足を止めた。
 二人の手には他にも、スーパーボールや風船でできた人形があり、頭にはくじ引きで貰ったお面がある。どうやらあちこちの屋台を巡って、すっかりお祭りを満喫している様子だ。今度もまた、楽しそうに射的に挑んでいく。
「よっし!」
 沙羅の弾がお菓子の詰め合わせに的中する一方、景品を倒せないまま、椿の弾は尽きてしまう。
『残念……でも沙羅、さすがですね。おめでとう』
「ありがと。ま、二人で一緒に食べればいいよ」
『そうですね、後で一緒に……あ、ベビーカステラ』
 射的の屋台を出て少し過ぎたところで、焼き立ての甘い香りが漂っていることに気付き、椿はスマホの画面で指を滑らせる。
『沙羅、あれも少しだけ食べません?』
「いいね!」
 二人で一緒に分け合えば、少しずつ色々な物が食べられる。食べてみて美味しかったら、更に買い足して持ち帰って食べるという手もある。実際、椿の手にはそうやって、持ち帰り用に袋にまとめてもらった広島焼や鯛焼きが既にあるくらいだ。
『行きましょう』
 椿の描かれた浴衣と、百合の描かれた浴衣の後ろ姿が、楽し気に並んで揺れていく。そんな二人の背中を見送りつつ、藍色に縞模様の浴衣を着た鴨井 蓮は、買ったばかりのかき氷を食べていた。
「あら? これなんていう食べ物なの? 見た事ないわ」
 興味津々といった様子で、そんな蓮に尋ねたのは浴衣に身を包んだエルフ、エフィミア・リリックだった。どうやらエフィミアは、かき氷のない国から来たらしく、蓮の説明に「なるほど、紋具でも再現できるかしら……」などと呟いている。
「お客さん、石釣りはどうですか? 光るのもありますよ」
「光るの?」
 そんな二人を呼び込むのは浴衣姿の紙屋 橘。彼が出している屋台は、紐の先に色々な鉱石をつけた、くじ引きの一種の屋台だ。
「なるほどね、紋具とはまた違う技術みたいだけど……」
「紋具?」
 ふむふむと見つめるエフィミアが口にした単語は聞き慣れないもので、橘の方が首を傾げてしまう。
「それより、一回頼むよ」
 たまには、こういうゲームで遊んでみるのもいいかと蓮が一本引いてみれば、引き当てたのは黄色いシトリン。
(椿に似合いそうだな)
 後でやるか……と、なんだかんだ結局、妹のことを考えてしまう蓮であった。
 一方、橘の石釣り屋台は本来、外国人をターゲットにしていた……はずだったのだが、鉱石は意外と競合がなくて物珍しいからか、面白そうだと足を止める御言のようなパターンや、カップルで覗き込んでいくようなお客さんが多かった。
(ま、これはこれでいいか)
 そこそこの売り上げが見込めそうだと、橘は接客の合間に溶けかけたブルーハワイのかき氷を食べた。
(成程、群れる人間がその内『人ではなくなる』展開も悪くはないか)
 通りすがりにエルフの耳を見かけたHarleyは、ふと自作の構想についての閃きを思い浮かべる。祭りの夜には、人ならざる者が混ざるという話もあるじゃないか――。
「……唐揚げも食べよう」
 もう少し食べ歩くうちに、更に何か閃くかもしれない。そう屋台へ吸い込まれていくHarleyである。
(いいよね、こういうの……たまには……そう、たまには……引きこもりライターだから人と触れ合うことがねえんすよマジで!)
 つい一人ツッコミやっちゃうのは一条・咲綾。だが、それもまた祭りの喧騒に触れて、つい気分が浮かれてしまうせいなのかもしれない。
「学生時代を思い出しちゃうな」
 あの頃食べたりしたっけ、と懐かしみながら買った綿あめを食べながら、この光景を自分の執筆に生かせないだろうかとついつい考えてしまう咲綾。そんなキョロキョロしている咲綾に、「よろしければ一枚いかがですか」と声を掛ける者がいた。岩野 貫である。
 貫は、写真撮影の出張スタジオをここで開いていた。
「なんと! 写真機があるのですか!」
「写真機?」
 感動した様子で近付いていくのはシャリアーヌ。聞き慣れない単語に寄って来たのはエフィミアだ。
「写真がそんなに珍しいの? 面白い人達ね」
 黒地に桔梗柄の浴衣で屋台を冷かしていた深海・月音が面白がって近付いて来る。どうせなら一枚、撮って貰ったらいいわ、と貫に料金を支払って、近くにいた蓮や咲綾も引っ張り込む。
 縁もゆかりも何も無い、通りすがりの関係だけれど。たまにはこんな事があっても良いだろう。
 だって今日は、誰もが陽気に浮かれて構わない、楽しいお祭りの夜なのだから。
 それに一期一会という言葉があるように……いや、何故だかそれ以上に、このような機会はもう二度と決して無いような気がするから。
「いいッスね、撮りましょう!」
 祭りの屋台と提灯を背景に、咲綾はピースを決めて。現像を待つ間、近くの屋台へ繰り出していく月音達と入れ替わるように、やって来たのは藍と影拾。
「お客さんもどうですか?」
「写真ですか。ええ、撮ってやってください」
 藍は、影拾の写真を記念に撮って貰おうとするが、影拾はそんな藍の手を引く。
「なんで? ほら、お父さんも一緒に」
 せっかく二人でいるんだから、一緒に撮ろ、と見上げる影拾。そんな影拾の言葉に、藍は一瞬虚を突かれたものの、すぐに「そうだな」と目を細めて。
「撮りますよ。はい、チーズ」
 貫の合図に笑顔を浮かべて、二人並んだ姿を撮ってもらう藍と影拾だった。

 会場に花火が打ち上がり始めたのは、それから間もなくのことだった。
 どーん! と大きな音と共に色鮮やかな花火が打ち上がるのを見上げ、御言は「たーまやー!」と思わず叫んでしまう。
「あああっ! 待って、待って……誰か止めて~~~!?」
「いいっ!?」
 そこに転がってきたのは生首……もとい、浴衣姿のデュラハン少女、八上 ひかりの頭部!
 どうやら花火の音に驚いて、うっかり頭を落としてしまったらしい。悲鳴を上げながら転がるひかりの頭部に、あちこちで悲鳴が量産されつつも、なんとか御言に止めて貰うと、ひかりの身体と頭部は再会を果たす。
「「「「「あっ」」」」」
 その騒ぎで集まって来た中に、ビクーニャプロダクションの五人組もいた。
「良かった、会えましたね」
「もうはぐれないように、これを付けておきましょう」
 ホッと胸を撫で下ろす撫子に、心は途中で買った光るカチューシャを出す。
「わぁ、カチューシャぴかぴか! 楽しいの♪」
 絵凪はすっかり気に入った様子で、早速それを頭に付けている。その様子にふふっと笑って撫子もカチューシャを付けた。
「そっちはパンダですか?」
「そう、貯金箱。事務所に置こうと思って」
「あらいいですね。私も金魚さん達を飼おうと思うんですよ」
 パンダの貯金箱を見せる心に、青葉もふふっと笑って、さっき貰った金魚を見せる。どうやら事務所は新しい仲間を迎えて、賑やかになりそうだ。
「それより花火! 途中で知り合ったオッチャンが、花火の観覧席来ていいよって!」
 ちゃっかりビール片手にイカ焼きを齧っていた遙花の言葉に、四人がわっと盛り上がる。急げばまだまだ、十分に花火が楽しめるだろう。
「ふう……何とかなりましたね……」
 そんな周囲の様子を見やり、胸を撫で下ろしているのはプラムだ。お祭り会場にやってきたプラムは花火の準備にトラブルが発生したことを悟り、人知れず準備のために奔走していたのだが――こうして何とか間に合い、花火は大勢の人達を楽しませている。
(良かったです……)
 自分にできる事は協力者を探して説得を試みることくらいだったが、それに密かに応じてくれた人のおかげで、何とか無事に花火をスタートさせることができたと、打ち上がるアルパカの顔の花火を見上げて、一息つくプラムだった。
 協力してくれたあの人も、きっと、どこかでこの花火を見ていることだろう。
「ほう! この色鮮やかなものは何と言うのですか?」
「これですか? スターマインですよ」
 興味津々といった様子で花火を見上げていたシャリアーヌの疑問に、エシギが答えている。花火はスターマインからナイアガラといった仕掛け花火に移り、更には海上で打ち上がった水上花火が、キラキラ海面で反射して煌めく。
「兄貴~、こっちこっち! ここからなら良く見え……んん?」
 水上花火がよく見えそうな場所へ駆けこんだ、みゅみゅあんが壱之丞と桜侍を振り返って手を振るが、そこへ飛んでくる球体がひとつ。
 何だろうとキャッチして見れば、そこには……みゅみゅあんをじっと見て来る目が二つ!
「きゃーっっ!?」
「なっ!? いきなり投げつけんなっ」
 顔面に直撃しそうになったそれを受け止めた桜侍も、流石に動揺を隠せない。
「す、すみません! 私の身体に戻して貰えませんか! 驚かせちゃってごめんね!」
「ああー……首のない人が転んでる」
 あれかな、という壱之丞が見つけたのは、ひかりの身体。そう、躓いてしまうと、ひかりの頭部はまたしても吹っ飛んでしまったのだ。
 明坂兄妹のおかげで、なんとか身体の元へと戻ることができたひかりも、ホッと一息つくと、打ち上がる牡丹花火を楽しむ。
「カフさんこっち、こっちです」
 セオがカルフの手を引いて向かう先は神社。今夜は特別に開いているらしい社務所で、セオはお揃いのお守りを買うと、片方をカルフに渡す。
「プレゼントです」
 カルフの無事や幸運を願う気持ちを込めた贈り物に、カルフはやはり少しだけ戸惑いをおぼえたものの……。
「……こうして気遣って貰えるのは、良いものだな」
 ありがとう、と覗かせた笑みは、柔らかく安らぎを感じさせるもので。セオは、その笑顔が嬉しくて、はにかみながら笑みを深めていく。
「綺麗な花火だね~」
 アセット・アセトシソンは夜空に浮かぶ花火を見上げると「ねっ」と傍らに立つ海神・江流を振り返った。
「そうだな……お前の方が~、なんて言わないが、しかしアセットも女っぽくなったな」
「そっ、そりゃあ私だって女の子ですから。少しぐらい頑張ることもありますぅ~」
 急に浴衣姿を褒めてくる江流に、アセットはちょっと赤くなりながらも率直に言い返す。好きな人に、ちょっと背伸びしたくて頑張ったのだということを、そのまま伝えてしまうところは、やっぱりまだまだ子供なのかもしれない、けれど。
(死んだ妹も18だった。――そうか、いつまでも妹みたいに見てるのは、ナンセンスだな)
 江流は、不意にアセットと妹を比べるような事を考えて……打ち消すように首を振る。
 アセットは、妹ではない。妹とは――違うのだから。
「……ほら、行くぞ。二人で見て回るんだろ?」
「はい!」
 そんな様子を見て怪訝そうにしているアセットだったが、江流が促せば、アセットからは満面の笑顔が返ってくる。
「今日はとことん遊んで、いっぱい思い出作りましょうね!」
「ああ、そうだな」
 二人は色とりどりの千輪菊花火が咲くのを見上げながら歩くと、まだまだ大勢の人達で賑わう屋台の方へ向かっていく。
「夜城さん、その……」
「ん? なぁに?」
 皐は海愛と花火を見上げながら、勇気を出すことにした。
「また、今日みたいに誘っても良いかな?」
 その瞬間、皐の声に重なるように新たな花火が打ち上がる。海愛はくすっと、ちょっとだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて、皐に寄り添いながらその目を見上げた。
「なあに? もっかい言って?」
「えっ? いや、あの、その……!」
 果たして海愛の耳には、本当は聞こえていたのか、いなかったのか――。
「賑やかなのも好きだけど、二人きりって贅沢だね」
 かき氷を手に、ロイとテスは高台から花火を見ていた。神社の脇の方に逸れた高台は人気が少ないようで、今ここにはロイとテス、二人きりである。
「そうだな――」
 花火が上がる、その下で光を受け止めながら見つめ合うと、二人はゆっくり近づいて――ひんやりと、氷で冷えた唇を互いのぬくもりで温めあってから、また寄り添って花火を見上げる。
 大きな花火に仕掛け花火、キャラクターの姿を模した花火など、いろいろな花火が何度も何度も打ち上がって……。クライマックスには目まぐるしく十六連発もの花火が打ち上がり、お祭りの会場全体から歓声があがった。
 屋台にいた者も、アルパカ音頭の櫓にいた者も、みんなが動きを止めて空を見上げる。
 賑やかで、華やかなひととき――。
 そして、最後にひときわ大きなアルパカ柄の花火が打ち上がると、花火の時間は幕を下ろした。
 まるでそれが合図だったかのように、ゆっくり、ゆっくりと人波が引いていく。
 ……楽しいお祭りも、いつかは終わるもの。
 その時間が、近付いている。
「これが夢なら、きっと、そろそろ起きるんでしょうね」
 そう呟いたエシギは、一匹のアルパカさんを振り返った。
 アルパカさんと、エシギの目が合う。
「一周年、おめでとうございます。来年も逢える事を楽しみにしています」
 この素敵な場所で、これからもみんなで、ずっと一緒に楽しみましょう――。
 そんなエシギの言葉は、夢みたいに溶けていった。


【執筆:七海真砂】