バックステージ「AnnihEpica(アニエピカ) -幻創の箱庭-」
●
ここは『AnnihEpica』の戦闘シーンの撮影現場。
決戦の撮影だけに、かなりの大所帯のロケだった。
「んー……疲れたー」
カメラが止まるなり、一人の女性が脱力しきって座り込む。
彼女が演じるサマエラ=フォリウムは凛とした性格だが、本人は非常にゆるい。
「剣とか重いよー、鎧も動きにくい……これ、もう脱いでいいー?」
祭刀(偽物)を放り出した手で顔を仰ぎながら尋ねると、衣装スタッフが走り寄ってきた。
されるがまま着替えを済ませ、自身本来の姿に戻った女性は「はー、ねむいなぁ」と目を擦りつつ周りを見回す。
「おふとんー……ないかー……じゃあ、このうえでー……」
緩慢な動作で椅子を並べて上に寝そべると、次の瞬間には寝息を立てる。
見た目は実年齢より年上に見えるのだが、一連の様子は幼い少女のようだった。
少し離れたところで、同じくらい緩い、いや、ほんわかした雰囲気を醸し出す少女の姿があった。
リーフェを演じる少女は兎のつけ耳をそのままに、演技中はペットの狼として従えていた白い大型犬をもふっている。
「この子すっごいもふもふでずっと触っていたいぐらい……もふもふ……」
言いつつ、その触り心地の良い毛に顔を埋める。
もふもふを愛するあまり一種のトリップ状態に陥っていた。
実際そういったところも、狼を家族として接しているというキャラクターに合っているからと配役されたのだが、それは本人の知るところではない。
少女にもふもふされっぱなしの大型犬だったが、不意に「ワンッ」とひと鳴き。どうやらある光景に気付いて興味を惹かれたらしい。
視線の行く先では、今も動画撮影が行われている。本編ではなく、PR動画用の戦闘シーンだ。
何人かの俳優がアクションに取り組む中、神官戦士ロゼット役のロゼッタ=クリストファは一人困惑顔だった。
というのも。
「あのー……言われるまま水着で撮ってますけど、ファンタジー映画なのに水着で戦う必要って……」
衣装が水着なのはロゼッタ一人だけである。なお、キャラのデフォルトが水着かというと決してそんなことはない。
水着で戦う必要なくない? という意思表示はしかし、無情にも却下される。広報曰く、女の子の水着シーンがあると動画再生回数段違いなんだよ! とのこと。
「そんなに上手くいくのかしら……」
強く主張されてはロゼッタも拒否出来ない。
悩める彼女を映すカメラの外では、サイラス役の俳優が監督と打ち合わせを行っていた。シーン中唯一のリザードマン役とあって、特殊メイクがひときわ目立つ。
「ここはどう演じたらええんやろか」
と尋ねる彼の悩みどころは、役柄自体が持っている「目的以外関心が薄い」という設定だ。
そんなサイラスが決戦に参加する動機など掴めないところが多く、出番の度に「どう動けばキャラっぽいのか」を監督に確認する必要があった。
また、サイコマッド系悪役な性質も捉えきれない。奥深すぎて、まだまだ研究しなければならないとも感じていた。
演技の方向性に悩める俳優はもうひとりいる。ナハシュを演じる俳優だ。
元々代役だったのだが、今回は正式な配役として役柄を担っている。アクションや軽業は慣れているのだが、感情のこもった演技となると話は別だ。
「ちょっと彼の考え方の理解が難しくて……」
というのは、撮影中のショートインタビューでの談話である。
役柄を演じることの経験の少なさも起因しているかも知れないが、理解し難いところがもう一つ。
「あと彼常に半裸なので、冬場寒いんですよね」
これで平気なのもちょっと信じられない。アクションについての打ち合わせを重ねながら、彼はそうぼやいた。
「まぁその辺りは慣れだ!」
励ますように肩を叩くのは、アルベルト=V=シュタールシュヴェーアトを演じる黒鉄 凱。
本職はプロレスラーながら、意外に高い演技力を買われてここに居る。
「本職の延長線上だと考えればやれそうなものだけどな」
凱が明るくそう語るのは、本職でのマイクパフォーマンスで所謂『場馴れ』をしているからかもしれない。現在売出し中の若手有望株は言うことも前向きだ。
任せろとばかりに豪快に笑う凱に、
「トイレハ ドコデスカ」
と少女が話しかける。河霧の貴婦人役、ブリジット・トワイライトだ。
「トイレ?」
決戦シーンだけにロケ地は開けた広場だ。凱はそういえば仮設トイレはどこだったか、と辺りを見回す。
「あ、ちゃうねん、その子のそれは『お会いできて光栄です』の意味らしいで」
笑いながら割って入ったのは、ナハティガル・ラー役のナハティ藤岡だ。
「なんでまたトイレ」
「友達に騙されたらしいで」
「あとで正しい日本語を教えてやらねばな」
流石の凱も苦笑する。
一方でブリジット本人は自分の挨拶が話のネタになっているとは思わず首を傾げる。
(何か変なことを言ったかしら?)
日本語をよく分かっていないのは、この場合幸運とも言える。もし理解しようものなら、英国上流階級出身の尊厳に傷が付きそうだ。
若干14歳で母国を飛び出し日本の映画に出ることになったのは年に似つかないクールさと冷静さを評価されたからで、自身もそこは自認しているのだが。
一方で年相応のポンコツさと生意気さと繊細さもあり、背伸びを隠しきれない故の悲劇と言えよう。
ナハティが彼女の悲劇を理解したのは、目下ハリウッド進出を控える身であったからだ。英語が多少は出来なければ辛い。
ところで彼も彼で、周囲を困惑させる一面を持っている。
仕事ではクールキャラを装っているのだが、実際はお笑い大好き関西人だ。
関西弁に戻った時の豹変ぶりがやばい、との周囲の評。
ナハティは特撮ヒーロー番組出身で、アクション映画やミュージカルで場数を踏み、いざハリウッドへ! といったところだが、この撮影には既にハリウッドの地を踏んでいる女優も居る。
ルイウェン・ヴェーリン役のエヴァ・ヴェーリンである。
「久しぶりやな」
「そうね」
ナハティとはもう一つ共通項があった。エヴァが無名時代、日本の特撮作品に出演したこと、つまり共演経験だ。
時が過ぎ、ハリウッドで売れ始めた新鋭女優として雑誌などでも取り上げることが多くなったエヴァがこの映画に出ることにしたのは、その出演経験が大きい。
日本の俳優も多く出演するこの映画に自分が出ることで、何らかの形で作品自体が注目されて欲しい、という考えだった。
ちなみに、外国籍の出演俳優は他にも居る。
「この泣きのシーン、普通に泣くだけじゃ面白くないと思う。こう……みっともなく地面を転がってジタバタするのはどうだろう。あと鼻水を垂らしたい」
真剣な表情で希望を宣う、アルマン・アルスター役を演じる彼もそうだ。
日本育ちの二枚目俳優なので日本でもそれなりに知名度はあるが、オファーされた役柄は三枚目ヘタレ役。
周りは誰もが「断るだろう」と思っていた。
が、本人はウキウキして受けた。
もしかしたら、演じるキャラに自分に近しいものを感じたのかもしれない。戦闘中に被弾した時の、「痛い辛い」のヘタレ泣き虫演技の打ち合わせにも全力だった。
「あまりそこをピックアップしても……」
「まぁまぁ、ゆっくり話して演技の方向性を決めようじゃないか」
微妙な顔をする監督に対し、助け舟に入った咲洲 ユウリもまた、北欧系ハーフである。
演技中も髪は地毛のままとはいえ、本人が演じるエデル=マグノリアとは相違点も多い。役柄的にはおっとりほわほわなのだが、ユウリ本人はキリッとしている。あと口調もやや男っぽい。
ユウリが場を取り持ったのは何も今に限った話ではない。
国籍入り混じりもあって個性の強い出演俳優陣と、スタッフとの打ち合わせの場面では大活躍。
また場の雰囲気づくりにも一役買っていた。
たとえばレイウェスト役の春田怜が見せ場のシーンでNGを出しても、
「ごめんなさい、もう1回!」
「大丈夫大丈夫、落ち着いていこう」
という具合に、緊張を程よく解したりしていた。
場の雰囲気を盛り上げたハーフといえばもう一人。
「そうそう! 怜っち、リラックスリラックスーっ!」
サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ役のサフィラ・N・藍田である。
褐色キャラ専門のコスプレイヤー兼モデルである彼女は役に惚れ込んでオーディションで勝ち取ったわけだが、正直彼女の為にあるような役といってもよかった。
日本人とブラジル人のハーフということもあってか、兎に角陽気で奔放である。
「ねえねえ、今日はいつドッキリを仕掛けるの?」
「ははは、それは怜が聞いたら怒ってしまうな。ほら、これ台本」
彼女も怜へのドッキリを仕掛ける側である。
ハリウッドスターたるジェイソンとも軽妙なやり取りを交わすコミュニケーション能力の高さときたら、役柄そのまんまであった。
「すげえなあいつ……」
ハリウッドスターに対し堂々と振る舞うサフィラの姿を、カズマ クレセントブラッド役の桐藤カズマはある意味羨望の眼差しで見つめる。
彼もまた、オーディションを突破したクチだ。
まだ大きめの出番というのはないが、いつか大役を果たしてみたいという大志を抱く役者志望なのである。
ちなみに役としてのカズマは牛乳を飲むという設定だが、演じる本人はそんなに飲まない。身長も役の設定ほど小さくはないが、衣装やら演出やらで誤魔化している。
衣装を見せたら友人には笑われたが、この撮影で少しでも注目されて見返してやりたい、などと考えるカズマ(役者)だった。
撮影もいよいよ大詰め。撮了した俳優から順次、感想を兼ねたショートインタビューが行われていた。
「はぁ……はぁ……戦闘シーン、OKですか?」
監督に確認しているのはアーシェル・G・クライン役の倉井アーシェルだ。
自身と同名の役に親近感を抱いている一方、憑依型カメレオン俳優であるが為、いざOKが出た時の疲労感がやばいのだ。
OKが出て安堵したのも束の間、すぐに次のシーンの撮影が待っていることを告げられる。
「次は……ま、また脱ぐんですね……」
初心なのでちょっと照れる。
「え、まずいですか?」
「いえ、映画に貢献できるならいくらでも脱ぎますよ……!」
「アー兄……その発言、解釈によっちゃちょっと危ないって……」
慕っている兄貴分の性格を知っている為、アルフィー・リッパー役である亜流は「いくらでも脱ぐ」というアーシェルの発言に思わずほろりとしてしまう。初心というか純粋というか。
かくいう亜流自身もまたアクションが上手な俳優として活躍している。
アルフィーという役は人に懐かないし何ならよく威嚇もするが、亜流自身は人懐っこく明るい。何となく犬っぽい感じもして、今回の映画に限らず撮影現場では割とムードメーカーになることが多かった。
そんな亜流がアーシェルと並んで慕っている姉貴分は、先程撮り終えたばかりの自分のシーンを確認している。
「紅姉、どんな感じ?」
「これくらい当然、と言いたいところだけど……」
カメラを見つつ亜流の質問にそう返したクレア・エクレールを演じる女優、紅葉はどこか納得がいかない部分を見つけたようだ。唇を引き結んで厳しい表情を浮かべると、
「今のところ、もう一回やらせて」
と撮影班に言い残してセットの中へ戻っていく。
アクション映画や刑事ドラマ、特撮といった多彩な経験を持つ上、性格もストイックでクール。
そういった積み重ねもあり自分の演技には一ミリの妥協も許さない姿は、亜流にとっても格好良く映るものだった。
そんな3人に、アンネエルカ役の羊川杏子を加えた4人でショートインタビューを受けることになった。
苦労したこと、と訊かれるとアーシェルは「脱ぐシーン」、亜流は「自分の性格と違うところ」、紅葉と杏子は「特にない」という具合だったが、最後の2人のはちょっとニュアンスが異なるのは役者を見るに明らかだった。
後にこのアンネエルカ役で人気を博すことになる杏子は、「今後どういった役者になりたいか」という質問に対し、まず顔を輝かせた。
「次は悪役にも挑戦してみたいですね! たとえば――」
次に、スッと目を細める。
「理想を叶える才能も資本も無いのに夢を見てどうするの? 紙屑ほどにも役に立たないじゃない」
「……」
インタビュアーだけでない。その場に居た他の三人もちょっと硬直していた。
「え? 皆さんどうしたんですか?」
「その衣装で言うと強烈すぎるのよ……」
「あ、これちょっと怒られちゃうかな?」
紅葉にそう突っ込まれ、杏子はてへっと舌を出すのであった。
【執筆:辻村朝】
●撮影の朝
「おっはよーございます!」
エルゼリオ・レイノーラ役の麗ノ浦えるがメイク室に顔を出す。
「見たわよ月9! あの泣き顔可愛かったわ~、朝ドラを思い出しちゃった」
「わ、ありがとう!」
「その後の真剣な顔がカッコよかった、ってバズってたのも知ってる?」
「ホント? 恥ずかしいなあ」
和気藹々と喋る傍ら、メイク室にもう一人現れる。レイウェスト役の春田怜だ。
「! 今日もよろしくお願いします」
「ええ。よろしくお願いしますね、麗ノ浦さん」
隣に座る彼女は華やかで目を引く。けれどそれに負けているえるではない。有名芸能一家に生まれたからだけでない、自分の実力で真っ向から勝負したい。
(負けないよ!)
「はにゃ、おはようでやんす~」
「わ、おはようございます」
突然声を掛けられ、役に思考を馳せていたルカ・アインス・シュテルン役の明星 一灯は驚く。常に閉じていなければならない役柄とは異なり、ぱちくりと瞳は瞬いた。
「おはおは! 今日普通に寝坊してやばたんだったわ。遅刻はしなかったけど、あせあせ」
「そう、なんだ。よかったね」
「ぴーす! あれ、お疲れ? 何か表情カタい~」
「はは、ちょっと表情筋がね……」
「何それウケるー!」
彼女は確かマリイ・パルティス役の女の子だ。若く明るい高校生が何故自分に絡んできたのだろう、困惑する一灯の前で『今日の撮影アガる、やりらふぃ~!』と綺麗な顔立ちをした彼女は軽いストレッチをしていた。
「けどさすがに何か食べて来ればよかったわー、腹減りなんだけど!」
「それは……何かお腹に入れた方が良いね。そうだ。皆で食べようと思って買ってきたんだ。一つどうだろうか?」
「わ、なになに!」
鞄から出したのは、外国の新聞を模したデザインの箱。中にはバターサンドが入っており、ドライフルーツやクリームの色で鮮やかな色合いだ。
「おしゃかわじゃね!? あざ! うまー!」
「ちゃんとお昼は食べてね?」
「もち!」
食べる姿を横目に一灯は自分の両頬を揉む。もうすぐ撮影だ、その時に疲れは見せられない。
「すみません。素人質問で恐縮なのですが」
「はあ」
「CGで爆発を表現する際に爆薬を梱包する材質は、何を想定していますか」
「○○。昔から爆発と言ったらこれなんです」
「おかしいですね」
何だこいつは。そう振り向いた特殊効果班班長は、そのままの表情で凍り付いた。
「それを使い始めたのは私なのですが、より安全性が高く迫力のある爆発を撮れるやり方がありますよ」
「えっ」
「専門外なので詳しくないのですが、良ければお話しても?」
「お、おいあれ誰だよ」
「現場でスカウトされた元特撮職人だよ。しかもかの三つ首をばらばらにワイヤー操作できるという超伝説!」
萎れた班長の横で、ヘルベルト・ミヒャエル・リヴァマス役の俳優は後輩たちへ昔の工夫を伝えていく。後世と言葉を交わすその瞳は楽しげだ。
(別職種の者だったか)
椅子に座り、ひたすらに己のメイクが完成するのを待ち続けているニワニは心の中で頷く。現在の自分は『ニワニ』となるため、特殊メイクを施してもらっている最中だ。
「樹脂に似せてあるとは……素晴らしい! 絡む時はよろしく頼むよ」
先ほどの超伝説が興味深げに覗き込み、労わるよう肩に手を置いて去っていく。技術が発達した現代で全身ワニメイクを貫くのは監督の趣向だ。
「ニワニさん準備出来ました! 今日は新記録、5時間で終わりましたよ! 毎回お疲れ様でーす!」
「いつもありがとう」
まだ陽は高く、撮影は滞りなく出来そうだ。『ニワニ』は現場へと向かう。
●シーンNo.××
スタッフの声と共にカチンと音が鳴り、現場にいた皆にカットが告げられる。気を張っていたパルド役の薙は息を吐き素の表情に戻った。
「パルドはウォーゼル離れした方が良いんじゃないかな。甘えすぎでしょ」
「そう? 微笑ましくていいと思うけどな」
今演じたのは、幼馴染であるウォーゼルにパルドがブラッシングをしてもらっていたシーン。この二人は距離が近すぎではないだろうか。ウォーゼル役の若葉が顔を覆った薙を覗き込むと、その顔は照れと恥ずかしさで紅潮していた。そんな薙も可愛らしい。
「薙は演技すごく上手だよね。照れくさいとか思ってるなんてわからなかったし」
「そ、そう……?」
「うん、普段とは全然違って驚いたよ」
待機場所に移り、椅子の間で萎れていた薙の尻尾が僅かに揺れる。覆っていた手を外すと嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「けど、若葉も上手だよ。相変わらずかっこいいし!」
「ありがと。次のシーンもよろしくね」
「もちろん!」
薙の尻尾が若葉の腕に柔く巻き付く。撮影外でも仲の良い二人は現場でも微笑ましいと有名で、スタッフはその姿にこっそり癒されていた。
「お疲れさまー!」
「お疲れ様」
別の場所で撮影を終えたルルト・アーキス役のピピ、アルバス・ロウル役のエルドラゴがハイタッチする。50センチ程もある身長差は、エルドラゴが腰をかがめることでクリアしていた。
「ドラゴ、ボクの演技どーだった?」
「とても良かったよ。タマさんとの息もぴったりだったしね」
「わーいやったー! ドラゴもね、剣振り回すのカッコよかったよー!」
「はは、ピピにそう言ってもらえるのは嬉しいな」
先程見事な殺陣を演じたエルドラゴの真似か、とー! やー! と見えない敵をピピは斬り伏せる。しばらく動いてから満足気に鼻を鳴らすと、エルドラゴは優しげな瞳で見ながら拍手をした。
「次のスタジオに移動しておくかい?」
「行くー!」
エルドラゴが屈むとすぐにピピが飛びつく。そのままするりと肩に足を掛け、エルドラゴは立ち上がった。ピピはご機嫌に鼻歌を歌う。
「あ! ワカバとナギー! ドラゴ、降りたいー!」
「ふふ。ああ、わかったよ」
通路を通り、街中の撮影を行うスタジオに移動してくると見知った顔を見つけた。エルドラゴから降りたピピは休憩中の二人に駆け寄り、若葉に飛びつく。
「わ、ピピ?」
「お疲れー! 次はこっちで撮影?」
「そー! ワカバとナギはもう終わったのー?」
「ああ、入れ替わりだな。エルドラゴもお疲れ」
「むうう、なかなか共演出来ないね~」
頬を膨らますピピにエルドラゴが追いつき、薙と若葉も迎える。共通の友人であるピピを中心とし、よく話す仲になっていた皆の想いは共通だ。
「アニエピカで早く二人と会いたよね、ドラゴ!」
「ああ、私も早く二人と同じシーンに出たいよ」
「僕も」
「俺も」
「その時はどんなシーンがいいかなー!」
日常、戦闘、調査に……様々なシーンを思い浮かべながら、四人の話は賑やかに続いていく。
●休憩中
「あの。つかぬことをお聞きするのですが」
「なんだろうか」
「その格好で食べることは出来るのですか?」
ニワニに声を掛けたのは、リディリディ・トゥラ・イェレミース役のソフィ・リンダール。スウェーデン人という彼女は身長も高くすらりとした体躯で、流暢に日本語を操っていた。
「……スタッフの手を借りないと、飲食は無理だな」
「大変そうですね、とても暑そうですし」
「まあ……蒸すな」
まだ午後に撮影があるため、このメイクを取る訳にはいかない。何度も経験しているとはいえ、慣れるものではなかった。
「貴方のようなメイクが、この時ばかりは羨ましくなるね。……おっと、今のはオフレコで」
「了解しました」
「ところで、」
「はい」
「……それは一人で?」
彼女の目の前には、弁当が5つ程重ねられて置かれていた。
「? そうですけれど」
「そうか……」
不思議そうに首を傾げた彼女と、そのまま他愛ない会話を交わす。ニワニもスタッフの力を借り昼食を取った。
「ソフィさーん! 次、『貴族のパーティーで食べ続ける』シーンよろしくお願いします!」
「はい。また食べるシーン……NGは出さないようにしませんと。これ以上体重が増えたら大変です」
彼女のシーンは全て実際に食べているらしい。
「それでは、お互い頑張りましょう」
ソフィはふわりと微笑み優雅に去る。俳優には様々な種類の人間がいる。今日のニワニは、特に強くそれを感じた。
●撮影再開!
「お疲れ様です~」
「ありがと」
疲れた様子の青年が、渡されたタオルで汗を拭く。草原を模したスタジオではまた別の撮影が始まっていた。それを横目に見ながら、悠人・ラドルファス役の米田は息を吐く。
「気合い入ってるなー」
「米田さんも、入ってませんでした?」
「僕が? まさかぁ」
薄く笑った米田は小さく手を振る。
「難しい事考えずに、気に入るいらないで刀ふってるだけなんで楽でいいっすよ、いやほんと。僕一般人だからキャラ濃いのとかできないし……さっきみたいな映えるシーンは、今をときめくイケメン俳優さんたちに任せたいね」
そう言って視線を移したのはアステル役の高木 七星。まだ新人という枠組みだが、外見と実力で人気俳優に名を挙げられることが多い。デビュー作である『精霊のおとしご』で演じた儚い美少年役が大ヒットし、それからしばらくは似た役しか来なくなったという人気者の苦悩を味わったこともある。彼は大きな瞳を瞬かせると、不満そうに眉をひそめた。
「またそんなこと言って」
「七星さんはプロ意識が素晴らしいです、よね。体を動かした後は、ストレッチも欠かさないで」
「仕事だからちゃんとやってるだけだし」
「ふふ」
「……ところで、スタッフさん?」
米田が首を傾げる。その瞳の先は――ユアン・イェーガー役のイリス・ユヴランがいた。
「彼女は私たちと同じ演者だ。同じシーンにいただろう」
「だってタオル貰ったし……」
「いいですよ、まだまだ、知名度は低いですから。日本でも、これから頑張ります、ね!」
両手を握りイリスは輝かんばかりの笑顔を向ける。彼女は祖国であるドイツで人気急上昇中の女優であり、今回こうした国際的な映画に出演するのは初めてだ。英独日の話せるトリリンガルであり、その特技がこうしてその縁を繋いでいた。
「米田さんは殺陣も上手いし、イリスさんももっと前に出る役で良い気がするけどな」
「そんなのいいって~。僕適当に草刈りしてるんでね、皆頑張って強敵倒してくれれば僕楽できるんで期待してるよ」
「わたしもこれから、ですよ。……それに、ちょっとした出演も何だか話題になってるみたい、ですし」
指同士を合わせてイリスは緩く笑う。彼女はエキストラとしての出演も多い。ファンの間で「イリスを探せ」として楽しまれているのだとか。
「そういえばニワニさん、脱がなくていいの?」
「……まあ。実はもう1シーン、撮影があってね」
『ニワニ』のシーンは多岐にわたり、トータル時間は短いが出演の頻度が高い。脱ぐことも出来ず、このメイクに身を包んでから十数時間。さすがのニワニも堪えてきたけれど。
「大丈夫、この通り。まだいけるよ」
与えられた役はきちんとこなす。それがニワニのするべきことだ。
「倒れないよう気を付けてくださいね」
「良ければ飲み物、持ってきます!」
「僕は帰るかな。おつかれっしたー」
撮影所の灯りはまだ、落ちそうにない。
●撮影の後は
「お疲れ様です、ネネ」
「あら、一也さん。……珈琲ですか?」
「私からの差し入れです。今日の撮影はこれで終わりでしょう」
「まぁ、待ってて下さったの? 嬉しい」
日も落ちた撮影所の出入り口で、木瀬一也は待ち人の木瀬ネリーを迎える。日本と北欧、元々別の場所で育った二人はドラマで共演して出会い、つい最近結婚したという新婚カップルだ。そのまま二人で肩を並べて歩き出す。
「今日のお夕飯は何にしましょうか」
「ネネが作るのは何でも美味しいですからね……今日は一緒に作りましょうか」
「ふふ。御上手なんですから」
「……役柄に影響されているでしょうか」
彼の演じるキーゼは、女性にだらしない面を演じることもある。元々真面目な一也が悩んでいると、傍らのネリーは、役柄であるネーヴェ・グラヌローザと同じ銀色を柔らかに細めた。
「構いませんよ。私しか知らないあなたの一面を、もっと見せてくださいな」
「……ふふ。ええ。ほら、片手が空いてますよ、ネネ」
「はい、一也さん。あ、スーパーに寄って下さいな。一緒に献立を考えましょう」
「わかりました」
指と指を柔らかく絡め、月の覗く空の下、二人で歩く。
「明日は一也さんも撮影ですか?」
「ええ。午後からです。ネネは?」
「奇遇ですね。私も午後からなんですよ」
「なら、朝はお互いゆっくりできますね。良ければ、どこかへ出掛けませんか?」
「あら。デートのお誘いですか?」
「はい」
「ふふ、喜んで」
淡い夜が更けていく。交わす会話は穏やかで、ゆったりとしていた。
【執筆:白葉うづき】
三部作となる映画『AnnihEpica』の第一部が封切られたのはつい先日のことだ。西洋ファンタジーの傑作と評され華々しい興行成績が報じられたその只中で催されている記念パーティーは、制作スタッフやキャストだけではなく、名優の意気込みや新たな才能の一挙一動に迫る報道陣も入り混じってごった返していた。取材用に作られたブースも、パーティー会場内にいくつか設えられている。
艶やかだが派手すぎない色合いの壁を背にフラッシュを焚かれている少女が微笑む。
「アイドルユニット『APC47』の白井 莉来《しらい りこ》です! 今回はこの超大作『AnnihEpica』でリゼット・ブランを演じました!」
定型句をそうとは感じさせない表情で述べる爽やかさを捉えようと、数多くのシャッター音が響く。
「同じAPCの子がドラマで活躍してるのを見ていいなーって思ってたところに、出演が決まって嬉しかったです!」
真摯な感情が汲み取れる笑顔が、彼女の魅力をさらに確かなものにしていた。
「リゼットは駆け出しで一生懸命な所が、役作りというより一体化してる感じで。だからでしょうか、次はもっと歌いたいっていう目標があります。OKをもらえるよう頑張ります!」
他方、やわらかな光が注がれるソファでインタビュアーと語らうのは、玲瓏な見目のふたり。
「ロサードは私と家族構成が同じなので、仲良くできるといいねって思ってます。彼女の事情はとても複雑なんですけど……いつか、うちがみんなで焼肉に行くみたいに食卓を囲んでほしいかな」
映画雑誌の”ミステリアスな存在に迫る”という特集の目玉としてそう語る、ロサード・シュナイダー役の内藤 蕗咲。役とは打って変わって快活な表情で語る彼女に相槌を打つのが、イデア役のユーリィ・インケルタだ。こちらも表情豊かに合いの手を入れ、明朗に微笑みながら撮影の苦労話を語る。
「僕はそうですね、特に”無感情”を演じるのが苦手で。黙ってそこにいるだけならなんとかなるんですが、声を張ると普通に感情が出ちゃって。台詞があるときはほぼ毎回リテイク貰ってましたね」
「ですよね! ついついニヤケちゃうというか!」
「頬が動きますよね。もう難しくて難しくて、どうして僕がこの役なんだろうかって思ったこともあります。でも、それを通じて成長できたというか」
過去を思い出す二人の苦笑いの中にきらめく魅力を見逃さず、シャッター音が鳴った。
そして、ひときわ鮮やかなしつらえが印象的な一角で明るい声を響かせる若者たち。
「エミリア・シバ役の後橋恵美と申します。今回はこのような機会をいただけて光栄です」
「『いつでも? どこでもー! YOU・SAY! ヨーセイ!』はいどーもーっ、ララノア役のヨウ★セイでーっす!」
「どうも初めましてー、ラティア・ミゼリア役、アルミリア・フュラーでーす」
キャリアも個性も全く異なる三人の挨拶だが、同じ事務所であることを差し引いても息の合った声が響く。多くの出演者達が尋ねられている役作りについても、やはり小気味よい掛け合いで答えていった。
「エミリアの設定をいただいたときは本当に驚きました。自分なりに”色気のあるおねえさん”として頑張ってみてはいるのですが……その、表現できていたでしょうか
?」
恥じらいながら小首をかしげる恵美のあとに、アルミリアが続けて語る。
「役で頑張ったことかぁ。現場でしょっちゅう『あああ喋りにくい! もっとハキハキ喋りなさいラティア・ミゼリアァ!』ってぼやいては叱られたのが一番記憶に残ってますね。正反対の性格を理解するのが役者の地力になるんだ、って。今でも難しいんですけど、力の入れどころとして挑んでます」
「私はその逆かなあ。ララノアはめっちゃドジだけど、だからこそ親近感が持てるというか? 私もドジだから何か通じるものがあるのかなーって」
そこに「一回メガネ粉々にしてたね」とアルミリアの茶々が入った。途端、ヨウがわたわたと慌て出す。
「って、まってぇ〜!」
「ふふ、あれは大変でした」
「恵美ちゃんまで~! ととともかく、演じてて楽しい、色んな味が楽しめる子です! みんなもララノアを、それからエミリアとラティアを応援してねー!」
よろしくお願いします! とユニゾンした声が、広い会場内の一角を明るく染めた。
そうした取材ブースからはやや離れたところに、ビュッフェスタイルの会食スペースがある。賑やかな中で料理を皿に取りながら、くぐもった声でうめく青年がいた。
「……知り合いもできないし、僕やってけるのかな……」
明るい髪色と利発な顔立ちに似合わぬたたずまいで円テーブルにつく。と、急に目の前へ人の気配が来た。どうやらあたりが満席で相席になってしまったらしい、と顔を上げる。
「相席よろしいですか?」
左手側にいる黒い三つ編みの男に尋ねられ、黙って青年はうなずいた。
「あ、それおいしそうですね! どこにありました?」
真ん中の白い髪の男に尋ねられ、ようよう声を絞り出して場所を伝える。
「城戸さん、もう皿満杯じゃないですか。……大丈夫ですか? 顔色よくないっすよ?」
右手側の妙なお団子頭の男は、こちらに気遣わしげな視線をよこしてきた。青年は必死で三人に目を合わせようとする。
「その、喋るのが苦手で……い、いえ、すみませんそうじゃなくて! ………僕と、お話ししてもらえますか?」
それに最初に答えたのは三つ編みの男だ。
「ええ、喜んで。はじめまして、Svart・Natt役の黒田 夜刀と申します」
見た目の印象に反して温厚な語り口に、青年の緊張が少しゆるむ。
「テレビで拝見したこと、あり、ます」
「はい、普段は助演が中心ですね」
そこで途切れてしまいそうな会話に、白い髪の男が助け船を出す。
「群像劇とはいえ初のメインなんだよな。緊張したろ?」
「ええ。だから撮影中は役への理解を深める事で精一杯。演技らしい演技ができていたかは不安で……次は、魅力を十二分に引き出したいと言っていたところで」
はいはーい! と手を上げたのはお団子頭だ。
「その! 期待の第二部から登場するカタバミ・ナルカミ役の、鳴上 旭ですっ! いわゆる謎の人物ってやつを演じます!」
「撮影楽しいって言ってたもんなあ。劇団の同期として、声の仕事以外も繁盛するよう祈ってるぞ~」
白い髪の男が手をひらひらさせて笑うのに対し、旭はぐっと決意を込めて天を仰ぐ。
「はい、テレビの城戸さんのように鼻フックも辞さない所存です!」
「いや辞しなよ!? 勘弁してくださいって言いまくったのにあれ……あ、僕は城戸 彰良、ギド・フェルミ役ね。君は?」
彰良に問われ、青年はすうっと息を吸い込み、目を閉じて開く。好奇心旺盛な謎めく男がそこに現れた。
「――”やぁ! ほんと楽しくてたまらないよ、もっとキミたちのことを知りたいな”」
一瞬の間ののち、三人から拍手と感嘆の声があがる。
「すげーっ!」
「気づかなかった、ヴィンツ・ラッテかぁ!」
「役が降りてくるタイプなんですね」
やんややんやとにわかに騒がしくなるテーブルに、ヴィンツ役の青年はようやく相好を崩したのだった。
そうした和やかな空気の流れるテーブルがまたひとつ。劇中でも印象的な、パンクリアース学園で巻き起こる権力闘争のシーンで活躍した、リサ・ベイカー役のアニー・マーラーと、ルアンナ・ミュラー役のアンナ・セラーズが歓談していた。皿にはまだ手がつけられておらず、空き席には待ち人がいることを示す冷水のコップが置かれている。
「アンナさーん、アニーお姉さーん!」
その待ち人は、好きなものを色とりどりに盛った皿を大事そうに捧げ持ちながらやってきた。コニー・ブラッドリー、著名な映画俳優を両親に持つ彼女もまた、ゲルダ・クライン役として学園のストーリーで名演を残したいっぱしの俳優である。
「コニーちゃん、今日もかわいいー!」
「ほんとほんと、コニーちゃんは本当にかわいい天使よー♪」
「きゃー♪」
皿を置いて、食前酒の代わりにハグの嵐が吹き荒れる。ひとしきりの親愛表現が終われば、楽しい食事と語らいの時間だ。
「撮影、大変だったでしょ」
「スタッフさんがやさしかったので大丈夫です! お姉さんもむずかしい役をあんなにしっかり演じられてて、やっぱりあこがれの人はひと味ちがうなーって!」
「えへへ、これでもそれなりに現場を経験してるからね。アンナはどうだった?」
「ちょっぴり聞かれたくないかしら……リテイクもいっぱいもらっちゃったし」
「あー……人づてに聞いたんだけど、セットの壁蹴り壊したとか?」
「うふふ、……『武術経験あるのでアクションは任せてください!』って宣言したあのときの自分を怒鳴り散らしてやりたいわー……杖も何度握力でへし折ったことか……」
「? でも試写で見ましたけど、アンナさんはとってもすてきでしたよ?」
「こここコニーちゃーん! ありがとぉ~~!」
そんなふうに、報道陣の詰めかける一角ほどではないにせよ、それなりに騒がしいテーブルたち。賑やかさは、いや増すばかり。
その賑やかさの中で雰囲気を異にする、静かながらも熱気にあふれた一角がある。制作陣とキャストの語らいが続いているメインステージ近くだ。
その中を、レビジュ・バトー役の波多 光希が、現場で知り合った二人の女性に歩み寄る。
「「あ、波多さん耳がない!」」
「んもーお二人ともそういうボケをかまさはる~、さすがに打ち上げではついてませんて!」
光希は柔和に微笑み、トレイに乗せたどら焼きと緑茶を差し出した。彼の実家の屋号が刻まれているもっちりとした甘味に、二人の頬がことさらに緩む。
「特殊メイクだもんねー。現場入りもそれでいつも早いんでしょ?」
トーラ役の小柄な少女が光希の頭の上をしげしげと眺めながら言う。
「それでまた眠うなってまうのが困りもんです」
「出番が少なくても手抜きなしだもんねー」
クリエーナ・バーリフェルトがどら焼きを頬張りながらうなずき、ひょいとほどよく冷えた緑茶のグラスをかかげる。
「では、そんな全力ですごい映画に出た私達にかんぱーい!」
「カンパーイ!」
「ほんまおつかれさまでした~」
改めて、心和む杯を交わし合う。弾む話が登場人物の去就に及ぶと、クリエーラはがっくりとうなだれた。
「最初は『あっ私が主人公じゃーん!!』って思ってたんだけどー……甘かった! みんな設定深すぎ!」
「王様になれたらええですねえ」
「ほんとよー!」
知らず知らずのうちに、楽しげな内緒話をするように皆の距離が縮む。
「ね、ね、これって最終的な主人公は誰になると思う?」
「気になるよねー、私もトーラちゃん不憫だから……そうだ波多さん、レイウエスト皇子役も受けてたなら何か知りません? 彼が心を寄せてるのは誰か、とか!」
「落ちてもうたんで詳しいことは全然ですねぇー。イケてる少年ならレビジュくんどうです? 謎めくワルですよ~」
「ううーん、ワルな誘惑だ! さすが芸歴8年12歳」
「おかげさまで頑張らせていただいてます~♪」
そんななごやかなやりとりの横を通り過ぎる影がある。大柄な青年で、その横顔は演じているパヴェル・A・サムルガチェフと相通ずるも、また違う魅力があった。制作陣と語らい頭を下げる姿は、売り出し中であると容易に見て取れる。
「しかし、ほんまぁ人の多い」
何度となく繰り返した挨拶の隙間に誰に言うでもなくつぶやく。と、ふいに視界へ鮮やかな色彩が映り、誘われるまま歩み出す。視線の先には数多の関係者たちとの会話が一段落したのだろう、シャンパンで喉を潤している中性的な青年がひとり。ザザ=ステルヴィナ役の照畑 雪之丞だ。
「ユキさぁん」
背から呼びかけられ、雪之丞は見知った顔と声だという気安さをにじませて振り返る。
「ああ、あなたか。楽しんでる?」
「いやぁ、人の多さに目ぇ回すばっかりで。知った顔見てホッとしちょります」
「ふふ、私も会えてよかった」
青年のたどたどしいが訛りさえ清冽な日本語と、共演の浅からぬ縁が二人に微笑みをもたらした。俳優としてのキャリアのみならず人生もまったく異なる二人が醸し出す艶やかな空気は、人の視線を呼んでしまうものらしい。再びぽつぽつとやってくる報道陣や関係者を前にして、雪之丞はいたずらっぽく青年に目配せをしてみせる。
「これからの予定は?」
「いやぁ、特には。今日も自己紹介ばっかりで」
「じゃああなたの顔を覚えてもらうの、手伝ってあげる」
挨拶回りはこれからだと意気込みながら、二人は再び喧噪の中へと戻る。視界に映るのは、色とりどりの活気ある人々。
宴はまだ、始まったばかり。
【執筆:川並もも】
ここは『AnnihEpica』の戦闘シーンの撮影現場。
決戦の撮影だけに、かなりの大所帯のロケだった。
「んー……疲れたー」
カメラが止まるなり、一人の女性が脱力しきって座り込む。
彼女が演じるサマエラ=フォリウムは凛とした性格だが、本人は非常にゆるい。
「剣とか重いよー、鎧も動きにくい……これ、もう脱いでいいー?」
祭刀(偽物)を放り出した手で顔を仰ぎながら尋ねると、衣装スタッフが走り寄ってきた。
されるがまま着替えを済ませ、自身本来の姿に戻った女性は「はー、ねむいなぁ」と目を擦りつつ周りを見回す。
「おふとんー……ないかー……じゃあ、このうえでー……」
緩慢な動作で椅子を並べて上に寝そべると、次の瞬間には寝息を立てる。
見た目は実年齢より年上に見えるのだが、一連の様子は幼い少女のようだった。
少し離れたところで、同じくらい緩い、いや、ほんわかした雰囲気を醸し出す少女の姿があった。
リーフェを演じる少女は兎のつけ耳をそのままに、演技中はペットの狼として従えていた白い大型犬をもふっている。
「この子すっごいもふもふでずっと触っていたいぐらい……もふもふ……」
言いつつ、その触り心地の良い毛に顔を埋める。
もふもふを愛するあまり一種のトリップ状態に陥っていた。
実際そういったところも、狼を家族として接しているというキャラクターに合っているからと配役されたのだが、それは本人の知るところではない。
少女にもふもふされっぱなしの大型犬だったが、不意に「ワンッ」とひと鳴き。どうやらある光景に気付いて興味を惹かれたらしい。
視線の行く先では、今も動画撮影が行われている。本編ではなく、PR動画用の戦闘シーンだ。
何人かの俳優がアクションに取り組む中、神官戦士ロゼット役のロゼッタ=クリストファは一人困惑顔だった。
というのも。
「あのー……言われるまま水着で撮ってますけど、ファンタジー映画なのに水着で戦う必要って……」
衣装が水着なのはロゼッタ一人だけである。なお、キャラのデフォルトが水着かというと決してそんなことはない。
水着で戦う必要なくない? という意思表示はしかし、無情にも却下される。広報曰く、女の子の水着シーンがあると動画再生回数段違いなんだよ! とのこと。
「そんなに上手くいくのかしら……」
強く主張されてはロゼッタも拒否出来ない。
悩める彼女を映すカメラの外では、サイラス役の俳優が監督と打ち合わせを行っていた。シーン中唯一のリザードマン役とあって、特殊メイクがひときわ目立つ。
「ここはどう演じたらええんやろか」
と尋ねる彼の悩みどころは、役柄自体が持っている「目的以外関心が薄い」という設定だ。
そんなサイラスが決戦に参加する動機など掴めないところが多く、出番の度に「どう動けばキャラっぽいのか」を監督に確認する必要があった。
また、サイコマッド系悪役な性質も捉えきれない。奥深すぎて、まだまだ研究しなければならないとも感じていた。
演技の方向性に悩める俳優はもうひとりいる。ナハシュを演じる俳優だ。
元々代役だったのだが、今回は正式な配役として役柄を担っている。アクションや軽業は慣れているのだが、感情のこもった演技となると話は別だ。
「ちょっと彼の考え方の理解が難しくて……」
というのは、撮影中のショートインタビューでの談話である。
役柄を演じることの経験の少なさも起因しているかも知れないが、理解し難いところがもう一つ。
「あと彼常に半裸なので、冬場寒いんですよね」
これで平気なのもちょっと信じられない。アクションについての打ち合わせを重ねながら、彼はそうぼやいた。
「まぁその辺りは慣れだ!」
励ますように肩を叩くのは、アルベルト=V=シュタールシュヴェーアトを演じる黒鉄 凱。
本職はプロレスラーながら、意外に高い演技力を買われてここに居る。
「本職の延長線上だと考えればやれそうなものだけどな」
凱が明るくそう語るのは、本職でのマイクパフォーマンスで所謂『場馴れ』をしているからかもしれない。現在売出し中の若手有望株は言うことも前向きだ。
任せろとばかりに豪快に笑う凱に、
「トイレハ ドコデスカ」
と少女が話しかける。河霧の貴婦人役、ブリジット・トワイライトだ。
「トイレ?」
決戦シーンだけにロケ地は開けた広場だ。凱はそういえば仮設トイレはどこだったか、と辺りを見回す。
「あ、ちゃうねん、その子のそれは『お会いできて光栄です』の意味らしいで」
笑いながら割って入ったのは、ナハティガル・ラー役のナハティ藤岡だ。
「なんでまたトイレ」
「友達に騙されたらしいで」
「あとで正しい日本語を教えてやらねばな」
流石の凱も苦笑する。
一方でブリジット本人は自分の挨拶が話のネタになっているとは思わず首を傾げる。
(何か変なことを言ったかしら?)
日本語をよく分かっていないのは、この場合幸運とも言える。もし理解しようものなら、英国上流階級出身の尊厳に傷が付きそうだ。
若干14歳で母国を飛び出し日本の映画に出ることになったのは年に似つかないクールさと冷静さを評価されたからで、自身もそこは自認しているのだが。
一方で年相応のポンコツさと生意気さと繊細さもあり、背伸びを隠しきれない故の悲劇と言えよう。
ナハティが彼女の悲劇を理解したのは、目下ハリウッド進出を控える身であったからだ。英語が多少は出来なければ辛い。
ところで彼も彼で、周囲を困惑させる一面を持っている。
仕事ではクールキャラを装っているのだが、実際はお笑い大好き関西人だ。
関西弁に戻った時の豹変ぶりがやばい、との周囲の評。
ナハティは特撮ヒーロー番組出身で、アクション映画やミュージカルで場数を踏み、いざハリウッドへ! といったところだが、この撮影には既にハリウッドの地を踏んでいる女優も居る。
ルイウェン・ヴェーリン役のエヴァ・ヴェーリンである。
「久しぶりやな」
「そうね」
ナハティとはもう一つ共通項があった。エヴァが無名時代、日本の特撮作品に出演したこと、つまり共演経験だ。
時が過ぎ、ハリウッドで売れ始めた新鋭女優として雑誌などでも取り上げることが多くなったエヴァがこの映画に出ることにしたのは、その出演経験が大きい。
日本の俳優も多く出演するこの映画に自分が出ることで、何らかの形で作品自体が注目されて欲しい、という考えだった。
ちなみに、外国籍の出演俳優は他にも居る。
「この泣きのシーン、普通に泣くだけじゃ面白くないと思う。こう……みっともなく地面を転がってジタバタするのはどうだろう。あと鼻水を垂らしたい」
真剣な表情で希望を宣う、アルマン・アルスター役を演じる彼もそうだ。
日本育ちの二枚目俳優なので日本でもそれなりに知名度はあるが、オファーされた役柄は三枚目ヘタレ役。
周りは誰もが「断るだろう」と思っていた。
が、本人はウキウキして受けた。
もしかしたら、演じるキャラに自分に近しいものを感じたのかもしれない。戦闘中に被弾した時の、「痛い辛い」のヘタレ泣き虫演技の打ち合わせにも全力だった。
「あまりそこをピックアップしても……」
「まぁまぁ、ゆっくり話して演技の方向性を決めようじゃないか」
微妙な顔をする監督に対し、助け舟に入った咲洲 ユウリもまた、北欧系ハーフである。
演技中も髪は地毛のままとはいえ、本人が演じるエデル=マグノリアとは相違点も多い。役柄的にはおっとりほわほわなのだが、ユウリ本人はキリッとしている。あと口調もやや男っぽい。
ユウリが場を取り持ったのは何も今に限った話ではない。
国籍入り混じりもあって個性の強い出演俳優陣と、スタッフとの打ち合わせの場面では大活躍。
また場の雰囲気づくりにも一役買っていた。
たとえばレイウェスト役の春田怜が見せ場のシーンでNGを出しても、
「ごめんなさい、もう1回!」
「大丈夫大丈夫、落ち着いていこう」
という具合に、緊張を程よく解したりしていた。
場の雰囲気を盛り上げたハーフといえばもう一人。
「そうそう! 怜っち、リラックスリラックスーっ!」
サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ役のサフィラ・N・藍田である。
褐色キャラ専門のコスプレイヤー兼モデルである彼女は役に惚れ込んでオーディションで勝ち取ったわけだが、正直彼女の為にあるような役といってもよかった。
日本人とブラジル人のハーフということもあってか、兎に角陽気で奔放である。
「ねえねえ、今日はいつドッキリを仕掛けるの?」
「ははは、それは怜が聞いたら怒ってしまうな。ほら、これ台本」
彼女も怜へのドッキリを仕掛ける側である。
ハリウッドスターたるジェイソンとも軽妙なやり取りを交わすコミュニケーション能力の高さときたら、役柄そのまんまであった。
「すげえなあいつ……」
ハリウッドスターに対し堂々と振る舞うサフィラの姿を、カズマ クレセントブラッド役の桐藤カズマはある意味羨望の眼差しで見つめる。
彼もまた、オーディションを突破したクチだ。
まだ大きめの出番というのはないが、いつか大役を果たしてみたいという大志を抱く役者志望なのである。
ちなみに役としてのカズマは牛乳を飲むという設定だが、演じる本人はそんなに飲まない。身長も役の設定ほど小さくはないが、衣装やら演出やらで誤魔化している。
衣装を見せたら友人には笑われたが、この撮影で少しでも注目されて見返してやりたい、などと考えるカズマ(役者)だった。
撮影もいよいよ大詰め。撮了した俳優から順次、感想を兼ねたショートインタビューが行われていた。
「はぁ……はぁ……戦闘シーン、OKですか?」
監督に確認しているのはアーシェル・G・クライン役の倉井アーシェルだ。
自身と同名の役に親近感を抱いている一方、憑依型カメレオン俳優であるが為、いざOKが出た時の疲労感がやばいのだ。
OKが出て安堵したのも束の間、すぐに次のシーンの撮影が待っていることを告げられる。
「次は……ま、また脱ぐんですね……」
初心なのでちょっと照れる。
「え、まずいですか?」
「いえ、映画に貢献できるならいくらでも脱ぎますよ……!」
「アー兄……その発言、解釈によっちゃちょっと危ないって……」
慕っている兄貴分の性格を知っている為、アルフィー・リッパー役である亜流は「いくらでも脱ぐ」というアーシェルの発言に思わずほろりとしてしまう。初心というか純粋というか。
かくいう亜流自身もまたアクションが上手な俳優として活躍している。
アルフィーという役は人に懐かないし何ならよく威嚇もするが、亜流自身は人懐っこく明るい。何となく犬っぽい感じもして、今回の映画に限らず撮影現場では割とムードメーカーになることが多かった。
そんな亜流がアーシェルと並んで慕っている姉貴分は、先程撮り終えたばかりの自分のシーンを確認している。
「紅姉、どんな感じ?」
「これくらい当然、と言いたいところだけど……」
カメラを見つつ亜流の質問にそう返したクレア・エクレールを演じる女優、紅葉はどこか納得がいかない部分を見つけたようだ。唇を引き結んで厳しい表情を浮かべると、
「今のところ、もう一回やらせて」
と撮影班に言い残してセットの中へ戻っていく。
アクション映画や刑事ドラマ、特撮といった多彩な経験を持つ上、性格もストイックでクール。
そういった積み重ねもあり自分の演技には一ミリの妥協も許さない姿は、亜流にとっても格好良く映るものだった。
そんな3人に、アンネエルカ役の羊川杏子を加えた4人でショートインタビューを受けることになった。
苦労したこと、と訊かれるとアーシェルは「脱ぐシーン」、亜流は「自分の性格と違うところ」、紅葉と杏子は「特にない」という具合だったが、最後の2人のはちょっとニュアンスが異なるのは役者を見るに明らかだった。
後にこのアンネエルカ役で人気を博すことになる杏子は、「今後どういった役者になりたいか」という質問に対し、まず顔を輝かせた。
「次は悪役にも挑戦してみたいですね! たとえば――」
次に、スッと目を細める。
「理想を叶える才能も資本も無いのに夢を見てどうするの? 紙屑ほどにも役に立たないじゃない」
「……」
インタビュアーだけでない。その場に居た他の三人もちょっと硬直していた。
「え? 皆さんどうしたんですか?」
「その衣装で言うと強烈すぎるのよ……」
「あ、これちょっと怒られちゃうかな?」
紅葉にそう突っ込まれ、杏子はてへっと舌を出すのであった。
【執筆:辻村朝】
●撮影の朝
「おっはよーございます!」
エルゼリオ・レイノーラ役の麗ノ浦えるがメイク室に顔を出す。
「見たわよ月9! あの泣き顔可愛かったわ~、朝ドラを思い出しちゃった」
「わ、ありがとう!」
「その後の真剣な顔がカッコよかった、ってバズってたのも知ってる?」
「ホント? 恥ずかしいなあ」
和気藹々と喋る傍ら、メイク室にもう一人現れる。レイウェスト役の春田怜だ。
「! 今日もよろしくお願いします」
「ええ。よろしくお願いしますね、麗ノ浦さん」
隣に座る彼女は華やかで目を引く。けれどそれに負けているえるではない。有名芸能一家に生まれたからだけでない、自分の実力で真っ向から勝負したい。
(負けないよ!)
「はにゃ、おはようでやんす~」
「わ、おはようございます」
突然声を掛けられ、役に思考を馳せていたルカ・アインス・シュテルン役の明星 一灯は驚く。常に閉じていなければならない役柄とは異なり、ぱちくりと瞳は瞬いた。
「おはおは! 今日普通に寝坊してやばたんだったわ。遅刻はしなかったけど、あせあせ」
「そう、なんだ。よかったね」
「ぴーす! あれ、お疲れ? 何か表情カタい~」
「はは、ちょっと表情筋がね……」
「何それウケるー!」
彼女は確かマリイ・パルティス役の女の子だ。若く明るい高校生が何故自分に絡んできたのだろう、困惑する一灯の前で『今日の撮影アガる、やりらふぃ~!』と綺麗な顔立ちをした彼女は軽いストレッチをしていた。
「けどさすがに何か食べて来ればよかったわー、腹減りなんだけど!」
「それは……何かお腹に入れた方が良いね。そうだ。皆で食べようと思って買ってきたんだ。一つどうだろうか?」
「わ、なになに!」
鞄から出したのは、外国の新聞を模したデザインの箱。中にはバターサンドが入っており、ドライフルーツやクリームの色で鮮やかな色合いだ。
「おしゃかわじゃね!? あざ! うまー!」
「ちゃんとお昼は食べてね?」
「もち!」
食べる姿を横目に一灯は自分の両頬を揉む。もうすぐ撮影だ、その時に疲れは見せられない。
「すみません。素人質問で恐縮なのですが」
「はあ」
「CGで爆発を表現する際に爆薬を梱包する材質は、何を想定していますか」
「○○。昔から爆発と言ったらこれなんです」
「おかしいですね」
何だこいつは。そう振り向いた特殊効果班班長は、そのままの表情で凍り付いた。
「それを使い始めたのは私なのですが、より安全性が高く迫力のある爆発を撮れるやり方がありますよ」
「えっ」
「専門外なので詳しくないのですが、良ければお話しても?」
「お、おいあれ誰だよ」
「現場でスカウトされた元特撮職人だよ。しかもかの三つ首をばらばらにワイヤー操作できるという超伝説!」
萎れた班長の横で、ヘルベルト・ミヒャエル・リヴァマス役の俳優は後輩たちへ昔の工夫を伝えていく。後世と言葉を交わすその瞳は楽しげだ。
(別職種の者だったか)
椅子に座り、ひたすらに己のメイクが完成するのを待ち続けているニワニは心の中で頷く。現在の自分は『ニワニ』となるため、特殊メイクを施してもらっている最中だ。
「樹脂に似せてあるとは……素晴らしい! 絡む時はよろしく頼むよ」
先ほどの超伝説が興味深げに覗き込み、労わるよう肩に手を置いて去っていく。技術が発達した現代で全身ワニメイクを貫くのは監督の趣向だ。
「ニワニさん準備出来ました! 今日は新記録、5時間で終わりましたよ! 毎回お疲れ様でーす!」
「いつもありがとう」
まだ陽は高く、撮影は滞りなく出来そうだ。『ニワニ』は現場へと向かう。
●シーンNo.××
スタッフの声と共にカチンと音が鳴り、現場にいた皆にカットが告げられる。気を張っていたパルド役の薙は息を吐き素の表情に戻った。
「パルドはウォーゼル離れした方が良いんじゃないかな。甘えすぎでしょ」
「そう? 微笑ましくていいと思うけどな」
今演じたのは、幼馴染であるウォーゼルにパルドがブラッシングをしてもらっていたシーン。この二人は距離が近すぎではないだろうか。ウォーゼル役の若葉が顔を覆った薙を覗き込むと、その顔は照れと恥ずかしさで紅潮していた。そんな薙も可愛らしい。
「薙は演技すごく上手だよね。照れくさいとか思ってるなんてわからなかったし」
「そ、そう……?」
「うん、普段とは全然違って驚いたよ」
待機場所に移り、椅子の間で萎れていた薙の尻尾が僅かに揺れる。覆っていた手を外すと嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「けど、若葉も上手だよ。相変わらずかっこいいし!」
「ありがと。次のシーンもよろしくね」
「もちろん!」
薙の尻尾が若葉の腕に柔く巻き付く。撮影外でも仲の良い二人は現場でも微笑ましいと有名で、スタッフはその姿にこっそり癒されていた。
「お疲れさまー!」
「お疲れ様」
別の場所で撮影を終えたルルト・アーキス役のピピ、アルバス・ロウル役のエルドラゴがハイタッチする。50センチ程もある身長差は、エルドラゴが腰をかがめることでクリアしていた。
「ドラゴ、ボクの演技どーだった?」
「とても良かったよ。タマさんとの息もぴったりだったしね」
「わーいやったー! ドラゴもね、剣振り回すのカッコよかったよー!」
「はは、ピピにそう言ってもらえるのは嬉しいな」
先程見事な殺陣を演じたエルドラゴの真似か、とー! やー! と見えない敵をピピは斬り伏せる。しばらく動いてから満足気に鼻を鳴らすと、エルドラゴは優しげな瞳で見ながら拍手をした。
「次のスタジオに移動しておくかい?」
「行くー!」
エルドラゴが屈むとすぐにピピが飛びつく。そのままするりと肩に足を掛け、エルドラゴは立ち上がった。ピピはご機嫌に鼻歌を歌う。
「あ! ワカバとナギー! ドラゴ、降りたいー!」
「ふふ。ああ、わかったよ」
通路を通り、街中の撮影を行うスタジオに移動してくると見知った顔を見つけた。エルドラゴから降りたピピは休憩中の二人に駆け寄り、若葉に飛びつく。
「わ、ピピ?」
「お疲れー! 次はこっちで撮影?」
「そー! ワカバとナギはもう終わったのー?」
「ああ、入れ替わりだな。エルドラゴもお疲れ」
「むうう、なかなか共演出来ないね~」
頬を膨らますピピにエルドラゴが追いつき、薙と若葉も迎える。共通の友人であるピピを中心とし、よく話す仲になっていた皆の想いは共通だ。
「アニエピカで早く二人と会いたよね、ドラゴ!」
「ああ、私も早く二人と同じシーンに出たいよ」
「僕も」
「俺も」
「その時はどんなシーンがいいかなー!」
日常、戦闘、調査に……様々なシーンを思い浮かべながら、四人の話は賑やかに続いていく。
●休憩中
「あの。つかぬことをお聞きするのですが」
「なんだろうか」
「その格好で食べることは出来るのですか?」
ニワニに声を掛けたのは、リディリディ・トゥラ・イェレミース役のソフィ・リンダール。スウェーデン人という彼女は身長も高くすらりとした体躯で、流暢に日本語を操っていた。
「……スタッフの手を借りないと、飲食は無理だな」
「大変そうですね、とても暑そうですし」
「まあ……蒸すな」
まだ午後に撮影があるため、このメイクを取る訳にはいかない。何度も経験しているとはいえ、慣れるものではなかった。
「貴方のようなメイクが、この時ばかりは羨ましくなるね。……おっと、今のはオフレコで」
「了解しました」
「ところで、」
「はい」
「……それは一人で?」
彼女の目の前には、弁当が5つ程重ねられて置かれていた。
「? そうですけれど」
「そうか……」
不思議そうに首を傾げた彼女と、そのまま他愛ない会話を交わす。ニワニもスタッフの力を借り昼食を取った。
「ソフィさーん! 次、『貴族のパーティーで食べ続ける』シーンよろしくお願いします!」
「はい。また食べるシーン……NGは出さないようにしませんと。これ以上体重が増えたら大変です」
彼女のシーンは全て実際に食べているらしい。
「それでは、お互い頑張りましょう」
ソフィはふわりと微笑み優雅に去る。俳優には様々な種類の人間がいる。今日のニワニは、特に強くそれを感じた。
●撮影再開!
「お疲れ様です~」
「ありがと」
疲れた様子の青年が、渡されたタオルで汗を拭く。草原を模したスタジオではまた別の撮影が始まっていた。それを横目に見ながら、悠人・ラドルファス役の米田は息を吐く。
「気合い入ってるなー」
「米田さんも、入ってませんでした?」
「僕が? まさかぁ」
薄く笑った米田は小さく手を振る。
「難しい事考えずに、気に入るいらないで刀ふってるだけなんで楽でいいっすよ、いやほんと。僕一般人だからキャラ濃いのとかできないし……さっきみたいな映えるシーンは、今をときめくイケメン俳優さんたちに任せたいね」
そう言って視線を移したのはアステル役の高木 七星。まだ新人という枠組みだが、外見と実力で人気俳優に名を挙げられることが多い。デビュー作である『精霊のおとしご』で演じた儚い美少年役が大ヒットし、それからしばらくは似た役しか来なくなったという人気者の苦悩を味わったこともある。彼は大きな瞳を瞬かせると、不満そうに眉をひそめた。
「またそんなこと言って」
「七星さんはプロ意識が素晴らしいです、よね。体を動かした後は、ストレッチも欠かさないで」
「仕事だからちゃんとやってるだけだし」
「ふふ」
「……ところで、スタッフさん?」
米田が首を傾げる。その瞳の先は――ユアン・イェーガー役のイリス・ユヴランがいた。
「彼女は私たちと同じ演者だ。同じシーンにいただろう」
「だってタオル貰ったし……」
「いいですよ、まだまだ、知名度は低いですから。日本でも、これから頑張ります、ね!」
両手を握りイリスは輝かんばかりの笑顔を向ける。彼女は祖国であるドイツで人気急上昇中の女優であり、今回こうした国際的な映画に出演するのは初めてだ。英独日の話せるトリリンガルであり、その特技がこうしてその縁を繋いでいた。
「米田さんは殺陣も上手いし、イリスさんももっと前に出る役で良い気がするけどな」
「そんなのいいって~。僕適当に草刈りしてるんでね、皆頑張って強敵倒してくれれば僕楽できるんで期待してるよ」
「わたしもこれから、ですよ。……それに、ちょっとした出演も何だか話題になってるみたい、ですし」
指同士を合わせてイリスは緩く笑う。彼女はエキストラとしての出演も多い。ファンの間で「イリスを探せ」として楽しまれているのだとか。
「そういえばニワニさん、脱がなくていいの?」
「……まあ。実はもう1シーン、撮影があってね」
『ニワニ』のシーンは多岐にわたり、トータル時間は短いが出演の頻度が高い。脱ぐことも出来ず、このメイクに身を包んでから十数時間。さすがのニワニも堪えてきたけれど。
「大丈夫、この通り。まだいけるよ」
与えられた役はきちんとこなす。それがニワニのするべきことだ。
「倒れないよう気を付けてくださいね」
「良ければ飲み物、持ってきます!」
「僕は帰るかな。おつかれっしたー」
撮影所の灯りはまだ、落ちそうにない。
●撮影の後は
「お疲れ様です、ネネ」
「あら、一也さん。……珈琲ですか?」
「私からの差し入れです。今日の撮影はこれで終わりでしょう」
「まぁ、待ってて下さったの? 嬉しい」
日も落ちた撮影所の出入り口で、木瀬一也は待ち人の木瀬ネリーを迎える。日本と北欧、元々別の場所で育った二人はドラマで共演して出会い、つい最近結婚したという新婚カップルだ。そのまま二人で肩を並べて歩き出す。
「今日のお夕飯は何にしましょうか」
「ネネが作るのは何でも美味しいですからね……今日は一緒に作りましょうか」
「ふふ。御上手なんですから」
「……役柄に影響されているでしょうか」
彼の演じるキーゼは、女性にだらしない面を演じることもある。元々真面目な一也が悩んでいると、傍らのネリーは、役柄であるネーヴェ・グラヌローザと同じ銀色を柔らかに細めた。
「構いませんよ。私しか知らないあなたの一面を、もっと見せてくださいな」
「……ふふ。ええ。ほら、片手が空いてますよ、ネネ」
「はい、一也さん。あ、スーパーに寄って下さいな。一緒に献立を考えましょう」
「わかりました」
指と指を柔らかく絡め、月の覗く空の下、二人で歩く。
「明日は一也さんも撮影ですか?」
「ええ。午後からです。ネネは?」
「奇遇ですね。私も午後からなんですよ」
「なら、朝はお互いゆっくりできますね。良ければ、どこかへ出掛けませんか?」
「あら。デートのお誘いですか?」
「はい」
「ふふ、喜んで」
淡い夜が更けていく。交わす会話は穏やかで、ゆったりとしていた。
【執筆:白葉うづき】
三部作となる映画『AnnihEpica』の第一部が封切られたのはつい先日のことだ。西洋ファンタジーの傑作と評され華々しい興行成績が報じられたその只中で催されている記念パーティーは、制作スタッフやキャストだけではなく、名優の意気込みや新たな才能の一挙一動に迫る報道陣も入り混じってごった返していた。取材用に作られたブースも、パーティー会場内にいくつか設えられている。
艶やかだが派手すぎない色合いの壁を背にフラッシュを焚かれている少女が微笑む。
「アイドルユニット『APC47』の白井 莉来《しらい りこ》です! 今回はこの超大作『AnnihEpica』でリゼット・ブランを演じました!」
定型句をそうとは感じさせない表情で述べる爽やかさを捉えようと、数多くのシャッター音が響く。
「同じAPCの子がドラマで活躍してるのを見ていいなーって思ってたところに、出演が決まって嬉しかったです!」
真摯な感情が汲み取れる笑顔が、彼女の魅力をさらに確かなものにしていた。
「リゼットは駆け出しで一生懸命な所が、役作りというより一体化してる感じで。だからでしょうか、次はもっと歌いたいっていう目標があります。OKをもらえるよう頑張ります!」
他方、やわらかな光が注がれるソファでインタビュアーと語らうのは、玲瓏な見目のふたり。
「ロサードは私と家族構成が同じなので、仲良くできるといいねって思ってます。彼女の事情はとても複雑なんですけど……いつか、うちがみんなで焼肉に行くみたいに食卓を囲んでほしいかな」
映画雑誌の”ミステリアスな存在に迫る”という特集の目玉としてそう語る、ロサード・シュナイダー役の内藤 蕗咲。役とは打って変わって快活な表情で語る彼女に相槌を打つのが、イデア役のユーリィ・インケルタだ。こちらも表情豊かに合いの手を入れ、明朗に微笑みながら撮影の苦労話を語る。
「僕はそうですね、特に”無感情”を演じるのが苦手で。黙ってそこにいるだけならなんとかなるんですが、声を張ると普通に感情が出ちゃって。台詞があるときはほぼ毎回リテイク貰ってましたね」
「ですよね! ついついニヤケちゃうというか!」
「頬が動きますよね。もう難しくて難しくて、どうして僕がこの役なんだろうかって思ったこともあります。でも、それを通じて成長できたというか」
過去を思い出す二人の苦笑いの中にきらめく魅力を見逃さず、シャッター音が鳴った。
そして、ひときわ鮮やかなしつらえが印象的な一角で明るい声を響かせる若者たち。
「エミリア・シバ役の後橋恵美と申します。今回はこのような機会をいただけて光栄です」
「『いつでも? どこでもー! YOU・SAY! ヨーセイ!』はいどーもーっ、ララノア役のヨウ★セイでーっす!」
「どうも初めましてー、ラティア・ミゼリア役、アルミリア・フュラーでーす」
キャリアも個性も全く異なる三人の挨拶だが、同じ事務所であることを差し引いても息の合った声が響く。多くの出演者達が尋ねられている役作りについても、やはり小気味よい掛け合いで答えていった。
「エミリアの設定をいただいたときは本当に驚きました。自分なりに”色気のあるおねえさん”として頑張ってみてはいるのですが……その、表現できていたでしょうか
?」
恥じらいながら小首をかしげる恵美のあとに、アルミリアが続けて語る。
「役で頑張ったことかぁ。現場でしょっちゅう『あああ喋りにくい! もっとハキハキ喋りなさいラティア・ミゼリアァ!』ってぼやいては叱られたのが一番記憶に残ってますね。正反対の性格を理解するのが役者の地力になるんだ、って。今でも難しいんですけど、力の入れどころとして挑んでます」
「私はその逆かなあ。ララノアはめっちゃドジだけど、だからこそ親近感が持てるというか? 私もドジだから何か通じるものがあるのかなーって」
そこに「一回メガネ粉々にしてたね」とアルミリアの茶々が入った。途端、ヨウがわたわたと慌て出す。
「って、まってぇ〜!」
「ふふ、あれは大変でした」
「恵美ちゃんまで~! ととともかく、演じてて楽しい、色んな味が楽しめる子です! みんなもララノアを、それからエミリアとラティアを応援してねー!」
よろしくお願いします! とユニゾンした声が、広い会場内の一角を明るく染めた。
そうした取材ブースからはやや離れたところに、ビュッフェスタイルの会食スペースがある。賑やかな中で料理を皿に取りながら、くぐもった声でうめく青年がいた。
「……知り合いもできないし、僕やってけるのかな……」
明るい髪色と利発な顔立ちに似合わぬたたずまいで円テーブルにつく。と、急に目の前へ人の気配が来た。どうやらあたりが満席で相席になってしまったらしい、と顔を上げる。
「相席よろしいですか?」
左手側にいる黒い三つ編みの男に尋ねられ、黙って青年はうなずいた。
「あ、それおいしそうですね! どこにありました?」
真ん中の白い髪の男に尋ねられ、ようよう声を絞り出して場所を伝える。
「城戸さん、もう皿満杯じゃないですか。……大丈夫ですか? 顔色よくないっすよ?」
右手側の妙なお団子頭の男は、こちらに気遣わしげな視線をよこしてきた。青年は必死で三人に目を合わせようとする。
「その、喋るのが苦手で……い、いえ、すみませんそうじゃなくて! ………僕と、お話ししてもらえますか?」
それに最初に答えたのは三つ編みの男だ。
「ええ、喜んで。はじめまして、Svart・Natt役の黒田 夜刀と申します」
見た目の印象に反して温厚な語り口に、青年の緊張が少しゆるむ。
「テレビで拝見したこと、あり、ます」
「はい、普段は助演が中心ですね」
そこで途切れてしまいそうな会話に、白い髪の男が助け船を出す。
「群像劇とはいえ初のメインなんだよな。緊張したろ?」
「ええ。だから撮影中は役への理解を深める事で精一杯。演技らしい演技ができていたかは不安で……次は、魅力を十二分に引き出したいと言っていたところで」
はいはーい! と手を上げたのはお団子頭だ。
「その! 期待の第二部から登場するカタバミ・ナルカミ役の、鳴上 旭ですっ! いわゆる謎の人物ってやつを演じます!」
「撮影楽しいって言ってたもんなあ。劇団の同期として、声の仕事以外も繁盛するよう祈ってるぞ~」
白い髪の男が手をひらひらさせて笑うのに対し、旭はぐっと決意を込めて天を仰ぐ。
「はい、テレビの城戸さんのように鼻フックも辞さない所存です!」
「いや辞しなよ!? 勘弁してくださいって言いまくったのにあれ……あ、僕は城戸 彰良、ギド・フェルミ役ね。君は?」
彰良に問われ、青年はすうっと息を吸い込み、目を閉じて開く。好奇心旺盛な謎めく男がそこに現れた。
「――”やぁ! ほんと楽しくてたまらないよ、もっとキミたちのことを知りたいな”」
一瞬の間ののち、三人から拍手と感嘆の声があがる。
「すげーっ!」
「気づかなかった、ヴィンツ・ラッテかぁ!」
「役が降りてくるタイプなんですね」
やんややんやとにわかに騒がしくなるテーブルに、ヴィンツ役の青年はようやく相好を崩したのだった。
そうした和やかな空気の流れるテーブルがまたひとつ。劇中でも印象的な、パンクリアース学園で巻き起こる権力闘争のシーンで活躍した、リサ・ベイカー役のアニー・マーラーと、ルアンナ・ミュラー役のアンナ・セラーズが歓談していた。皿にはまだ手がつけられておらず、空き席には待ち人がいることを示す冷水のコップが置かれている。
「アンナさーん、アニーお姉さーん!」
その待ち人は、好きなものを色とりどりに盛った皿を大事そうに捧げ持ちながらやってきた。コニー・ブラッドリー、著名な映画俳優を両親に持つ彼女もまた、ゲルダ・クライン役として学園のストーリーで名演を残したいっぱしの俳優である。
「コニーちゃん、今日もかわいいー!」
「ほんとほんと、コニーちゃんは本当にかわいい天使よー♪」
「きゃー♪」
皿を置いて、食前酒の代わりにハグの嵐が吹き荒れる。ひとしきりの親愛表現が終われば、楽しい食事と語らいの時間だ。
「撮影、大変だったでしょ」
「スタッフさんがやさしかったので大丈夫です! お姉さんもむずかしい役をあんなにしっかり演じられてて、やっぱりあこがれの人はひと味ちがうなーって!」
「えへへ、これでもそれなりに現場を経験してるからね。アンナはどうだった?」
「ちょっぴり聞かれたくないかしら……リテイクもいっぱいもらっちゃったし」
「あー……人づてに聞いたんだけど、セットの壁蹴り壊したとか?」
「うふふ、……『武術経験あるのでアクションは任せてください!』って宣言したあのときの自分を怒鳴り散らしてやりたいわー……杖も何度握力でへし折ったことか……」
「? でも試写で見ましたけど、アンナさんはとってもすてきでしたよ?」
「こここコニーちゃーん! ありがとぉ~~!」
そんなふうに、報道陣の詰めかける一角ほどではないにせよ、それなりに騒がしいテーブルたち。賑やかさは、いや増すばかり。
その賑やかさの中で雰囲気を異にする、静かながらも熱気にあふれた一角がある。制作陣とキャストの語らいが続いているメインステージ近くだ。
その中を、レビジュ・バトー役の波多 光希が、現場で知り合った二人の女性に歩み寄る。
「「あ、波多さん耳がない!」」
「んもーお二人ともそういうボケをかまさはる~、さすがに打ち上げではついてませんて!」
光希は柔和に微笑み、トレイに乗せたどら焼きと緑茶を差し出した。彼の実家の屋号が刻まれているもっちりとした甘味に、二人の頬がことさらに緩む。
「特殊メイクだもんねー。現場入りもそれでいつも早いんでしょ?」
トーラ役の小柄な少女が光希の頭の上をしげしげと眺めながら言う。
「それでまた眠うなってまうのが困りもんです」
「出番が少なくても手抜きなしだもんねー」
クリエーナ・バーリフェルトがどら焼きを頬張りながらうなずき、ひょいとほどよく冷えた緑茶のグラスをかかげる。
「では、そんな全力ですごい映画に出た私達にかんぱーい!」
「カンパーイ!」
「ほんまおつかれさまでした~」
改めて、心和む杯を交わし合う。弾む話が登場人物の去就に及ぶと、クリエーラはがっくりとうなだれた。
「最初は『あっ私が主人公じゃーん!!』って思ってたんだけどー……甘かった! みんな設定深すぎ!」
「王様になれたらええですねえ」
「ほんとよー!」
知らず知らずのうちに、楽しげな内緒話をするように皆の距離が縮む。
「ね、ね、これって最終的な主人公は誰になると思う?」
「気になるよねー、私もトーラちゃん不憫だから……そうだ波多さん、レイウエスト皇子役も受けてたなら何か知りません? 彼が心を寄せてるのは誰か、とか!」
「落ちてもうたんで詳しいことは全然ですねぇー。イケてる少年ならレビジュくんどうです? 謎めくワルですよ~」
「ううーん、ワルな誘惑だ! さすが芸歴8年12歳」
「おかげさまで頑張らせていただいてます~♪」
そんななごやかなやりとりの横を通り過ぎる影がある。大柄な青年で、その横顔は演じているパヴェル・A・サムルガチェフと相通ずるも、また違う魅力があった。制作陣と語らい頭を下げる姿は、売り出し中であると容易に見て取れる。
「しかし、ほんまぁ人の多い」
何度となく繰り返した挨拶の隙間に誰に言うでもなくつぶやく。と、ふいに視界へ鮮やかな色彩が映り、誘われるまま歩み出す。視線の先には数多の関係者たちとの会話が一段落したのだろう、シャンパンで喉を潤している中性的な青年がひとり。ザザ=ステルヴィナ役の照畑 雪之丞だ。
「ユキさぁん」
背から呼びかけられ、雪之丞は見知った顔と声だという気安さをにじませて振り返る。
「ああ、あなたか。楽しんでる?」
「いやぁ、人の多さに目ぇ回すばっかりで。知った顔見てホッとしちょります」
「ふふ、私も会えてよかった」
青年のたどたどしいが訛りさえ清冽な日本語と、共演の浅からぬ縁が二人に微笑みをもたらした。俳優としてのキャリアのみならず人生もまったく異なる二人が醸し出す艶やかな空気は、人の視線を呼んでしまうものらしい。再びぽつぽつとやってくる報道陣や関係者を前にして、雪之丞はいたずらっぽく青年に目配せをしてみせる。
「これからの予定は?」
「いやぁ、特には。今日も自己紹介ばっかりで」
「じゃああなたの顔を覚えてもらうの、手伝ってあげる」
挨拶回りはこれからだと意気込みながら、二人は再び喧噪の中へと戻る。視界に映るのは、色とりどりの活気ある人々。
宴はまだ、始まったばかり。
【執筆:川並もも】
