アルパカコネクト1周年!

バックステージ「東京インソムニア」

 兵藤・亘理は耳に心地よいバリトンボイスが売りのバラエティ番組などで司会進行役を務めることの多いタレントだが、伝奇ドラマ『東京インソムニア』では同名の新聞記者役として抜擢された。平素は新聞など読まないので、青天霹靂だったと本人は苦笑する。
 そんな彼の元に東京インソムニア出演者の素顔に迫るという企画が持ち込まれ、めでたくインタビュアー役に任命されたのだったが。
「これをはまり役と言われてもね」
 兵藤がまず最初にスタジオから楽屋へと続く廊下で声をかけた相手は不機嫌そうな表情と溜息を隠すこともなくそう言いのけた。
 骨董品店で働くクールな美女、白藤 凜々花。
 すっと伸びた背筋と艶のある長い黒髪を掻き上げるその様が美しいの一言に尽きる彼女を演じているのは、藤代 海吏というまだ少年とも言える若さの男性俳優だ。
「早くメイク落としたいんだけど」
「いやぁ、すみません」
 年上で芸歴の長い兵藤にも物怖じしない態度なのは、彼が役者と言う仕事に高い矜持を持ち、それに相応しい成果を出してきた故である。華奢で儚げな女裸足の美貌だけで食っていける程、この業界は甘くない。
「お疲れ様。良ければ代わりましょうか?」
 丁度そこに通り掛ったのは巫女服姿の真那宮・久曜だ。魔眼と異形化した左腕の特殊メイクを落としている為、『魔に侵された巫女』のおどろおどろしさはない。
 ドラマでは少し陰を感じる役柄だが、素の彼女はさっぱりとした印象の美女だ。
「助かります」
 藤代は素っ気なく短い礼を述べてスカートを翻し、楽屋へと姿を消していく。
 その後ろ姿を大人二人組は苦笑して見送り、インタビューが再開された。
「真那宮さんは本当に巫女服がお似合いですね」
「私、実家は本当に神社なのよ。家を継いだのは弟だけど。巫女の修行もしたのよ?」
 ウインクしながら真那宮が答えると、兵藤は演技ではなく本当に驚いた顔をする。
「そうなんですか!? 道理で雰囲気があるわけだ」
「どこで何が役に立つか解らないものね」
「あっれー、亘理ちゃんに久曜ちゃんだー。何してるんだチュン?」
「白羽、リアルでその口調はきついです」
「え~!? 酷いチュン!」
 スタジオの方からやってきたのは個性派俳優の白羽と堅実派俳優の雲雀。
 同じ事務所で同期の二人はドラマの中で白羽・ヒバリという性別年齢不詳のエキセントリックなダイバー役を昼の姿と夜の姿を分担して演じている。
「白羽君はカメラの外でもその調子なんですね」
「今の語尾は意識してるけど、ノリは素に近いかも? 動きが大きいし衣装は動きづらいけどやりがいのある役ね。演じるのが楽しいの!」
「お陰でこっちは疲れますよ。大分慣れましたけど」
「雲雀だってエイプリルフール特番の時は大概だったよね?」
「あれはそういうのが求められましたから。これでも普通ってどの基準で普通っていうのかなとか、色々考えながら演じてますよ」
 性格や芸風の差が著しい二人だが、二人で一人の役を演じられる位相性は良いのだろう。
 兵藤がそんな風に評すると、二人は揃って酸っぱい物を食べた時のような微妙な顔をするのだった。 

「須賀さん、なんですか、それ」
「えっと、犬、なんだけど。おかしいな。説明通りにやったのに」
 兵藤が突撃した楽屋ではリデル・ラトルージ役の須賀 律人が名状し難きナニカを刺繍していた。
「流石画伯」
「リデルは手先が器用なのに本人はこの体たらくでお恥ずかしい」
 須賀は先日バラエティ番組でも見る者を情緒不安定にする猫らしきものを描いて共演者とお茶の間を沸かせたレベルで絵心がなく不器用なことで有名だ。
 気恥ずかしそうに笑うその表情や穏やかな雰囲気はまさにリデルなのだが。
「秋さんはドラマ同様健啖家ですよね。大人気の『孤独のニガイ』で出てきた所、飯行く時参考にしてます」
「思わぬ反響で。ホント有難いです」
 須賀と同じ楽屋にいた俳優の秋・津島は、慇懃無礼な探偵の仁貝・靖を演じている名の売れたバイプレイヤーだ。
 不愛想な仁貝が美味い飯屋を渡り歩いてひたすら食う『孤独のニガイ』というスピンオフ作品がSNSでバズってコアな人気を博している。
「今後も色んなお店紹介していきますので、お楽しみに!」
 仁貝と違って柔らかく人好きのする笑顔で秋がちゃっかり番宣をしたタイミングで、楽屋の扉が開かれた。
「やぁ、皆お疲れ様」
「崇嶋さん」
 入ってきたのは高級スーツをごく自然に着こなすキャリア警視の矢薙・知晴を演じる崇島 浩史だった。
 この衣装を始め、矢薙が身に着けるセンスが良く高そうな服や小物の数々は本人の私物が多いらしい。
「差し入れ持ってきたから、食べてよ」
 そう言ってテーブルに広げたのは赤坂にある有名な洋菓子店のクッキー詰め合わせだ。
「わ、ここのクッキー美味しいんですよね」
「崇嶋さんご馳走様です!」
 嬉しそうにクッキー缶の中を覗き込む須賀と秋の様子をにこやかに眺め、「兵藤さんもどうぞ」とすすめる崇嶋の佇まいには品と余裕がある。
 大御所俳優を親に持つ二世俳優の貫禄を肌で感じながら、兵藤はこれ幸いと崇嶋にもインタビューを開始した。



 兵藤がインタビューしている頃、他の楽屋でも別の役者達が歓談していた。
「山口さんみーっけ!」
「ぶ、ブランカちゃん、おじさん若い子の全力受け止めきれないんだけど!」
 髪も肌も真っ白な、幻想的で儚げな容姿からは想像もつかない明るい声と共に楽屋に入ってきたのは近衛・ブランカ。ドラマ中では同名のミステリアスなモデルを演じている彼女のタックルという名のハグを受けて些か顔色を悪くしているのは撮影スタッフから役者上がりした山口という俳優で、七篠 茉莉という過去の記憶がないという色々『訳アリ』の介護職員を演じている。
「こら、ブランカ! ああ、もう、すみません、山口さん」
 ブランカの後ろから謝りながら顔を覗かせたのはブランカと同じ白に近い銀髪を持った日伊ハーフの俳優、近衛・ティムだ。ドラマでは都庁侵食対策室職員の近衛・巧を演じている。
 ブランカの実兄ではあるが、イタリアで育った彼女と違い日本で育った彼の価値観や感覚は完全に日本人寄りだ。
「いいよいいよ、それより今回はお手柔らかにね?」
 山口がそう念を押すのは過去とある刑事ドラマで近衛兄妹が演じる犯人に階段から突き落とされたことがあるからだ。
「え、山口君今回落ちないんですか?」
 残念そうな声をあげたのは同じ楽屋で休憩していた三島・ブレンだった。元はスタントマンの彼も華麗な(?)階段落ちを評価されて役者になった経歴の持ち主で、今作ではウルザード・ブレンという七篠同様過去の記憶を失った青年役の他、夢魔や被害者役など複数の役をこなしている。
「転がり芸ではブレンさんに敵いませんから!」
「山口さんもブレンさんも揃ってると、僕の役が豹変しないか不安になってきたなぁ」
 冗談交じりの声音でそう言うのは紙屋・紅斗。
 主に邦画、特にサスペンス物に出演することが多い俳優で、別作品で狐面を被った殺人鬼役で山口を階段から落としたこともある。
 今作では監察医兼鉱物カフェの店主という変わった二足の草鞋を履いている紙屋・橘という役を演じているのだが、過去作の影響で「こいつも実はサイコなのでは?」と疑っている視聴者も多いらしい。
「ところでなんで紙屋さんはジェイさんの後ろに隠れてるんですか?」
「この子ったらブランカちゃんが駄目なんですって。それでね、それはクオーツじゃなくてクウォーツよ」
「くぉ、クウォーツ? 難ッ!」
 紅斗の台本の中にある英語にルビを振ったり、発音を確認しているのはジェイソン・オパール。
 悪役映えのする、やや強面ではあるがエキゾチックな男前の俳優で、この中では最年長にあたる。今作ではクインツァイト・オパールというオネェ役も演じているが、迫力のある夢魔役としても好演を見せていた。楽屋裏で見せる素顔は悪役とはかけ離れた、クインツァイトのイメージに近い世話焼きオネェさんなのだが。
「初見ですし、圧倒的美人なので平凡代表の僕には眩しすぎるんですよ」
「平凡代表は譲らない!」
「ぼくも平々凡々ですよー」
「「ジェイさんに思い切り転がされてもピンシャンしてるブレンさんは平凡じゃない」」
 紅斗と山口のツッコミが綺麗にはもり、ジェイソンが頬に手を当てわざとらしく溜息をつく。
「まったく、しょうがない子達ね。それよりちゃんと今の内水分とっておきなさいよぉ? スタジオ暑いんだから。ブランカちゃん、レモンフレーバーの奴あるけど飲む?」
「飲む飲むー! ジェイちゃん好きー!」
 山口からぱっと離れたブランカはたたたーっと小動物のような動きでジェイソンに駆け寄り、彼がルビを振った台本を覗き込んだ。
「ジェイちゃんの日本語上手いね、凄い!」
「あら、ありがと」
「そういえば前回の収録もニアミスでしたね、僕達」
 妹とジェイソンの微笑ましいやりとりを眺めながらティムが呟けば、ブレンと紙屋がうんうんと頷く。
「僕達いつもそうですよね」
「そろそろ同じ場面で共演したいです」
 多数の登場人物が出る東京インソムニアで同じシーンで共演する機会はなかなか巡り合えないらしい。
「この間の『夏巡』みたいな回がまたあるといいんですが。紙屋さん、いつ豹変するんです?」
「今作の僕は善良な一市民なんですけど!?」

 どっと笑いが起こって賑やかな楽屋。
 そこよりは静かではあるが、和やかな空気に包まれた楽屋がもう一つあった。

「さて、今回の役柄は如何でしたか?」
 音無・小路というフリージャーナリストを演じる暮明 小路くらがり こみちは音無を真似た口調で同じ楽屋で休憩中の二人に話を振った。
 その手にはドラマにも出てきた黑い兎のパペットが嵌められている。どうやらこの兎がインタビュアーということらしい。
「急に振られても困りますね……あ、ぼくと違ってとても器用な役なので、それがちょっと大変だったかも」
 おどおどしながらも真面目に答えたのは霞花・菊久郎。裁縫が得意な同名の役を演じているのだが、彼はかなり不器用だった。
「なかなか針に糸が通せなくて、笑いだしてしまったことありましたね」
「ああ、ありましたありました! 今思い出してもまた笑っちゃいそう」
 笑いのツボが浅いらしく、菊久郎はなんてことのない事柄ですぐころころ笑いだす。
 二人のやり取りを微笑みながら品よく紅茶を飲んでいるのはlilas《リラ》。中性的な美貌と雰囲気を備えた彼もまた同名のバレエダンサーを演じている。
「今使っている香水ってこの間の撮影と同じものです?」
 くんと鼻をうごめかした小路が話題を振ると、lilasは笑みを讃えたまま小さく頷く。
「ええ、お買い物回で用意されたものだったのだけれど、好きな香りだったからお店を教えて貰って買ってきたの」
 ベリー類にネロリとラベンダーが混じった、甘すぎないフルーティな香りだ。
「良い香りですね」
 クッキーを摘まみながら菊久郎がふにゃりと緩く笑う。
「ありがとう。そういえば小路さんは先日ダンスレッスンを見にいらしてたけれど、あれも役作りなのかしら?」
 役柄同様バレエを嗜んでいるlilasは他の役者に教えることも多い。先日も収録の合間にレッスンに参加していたのだが、その折、ダンスに全く関係ない役柄の小路が覗きに来ていたのだ。
「そうそう、そんな感じです。いや~な視線感じました?」
「舞台に観にくる方々とは違う視線で新鮮だったかしら」
 首を傾げて全く毒気のない感想を述べるlilasに、小路は苦笑しながら緑茶を啜る。
「lilasさんに聞いた俺が間違いでした」
「でも、役作りなんてしなくても小路さんは小路さんだと思うんですけど……」
 両手でカップを持った菊久郎がおずおずとそうコメントする。実際小路の『キャラ』は役とあまり差異がない。犯罪衝動はないと断言できるが。
「あー、ね。だからこそ、というか」
 役に呑まれぬよう、線引きをはっきりさせたい。
 なんてことは口には出さず。
 わざと音を立てて煎餅を齧り、誤魔化す小路であった。



 怪談蒐集が趣味の売れない童話作家、岩井花・烏月。
 寺生まれのUさんことユーシンオカルトチャンネルの配信者、有真。
 『東京インソムニア』内で怪異を追う凸凹コンビの二人の回は、ホラーを好む視聴者からの人気が高いが、女性ファンも多い。
 というのも、有真を演じているのは2.5次元と呼ばれる漫画やアニメ原作の舞台から特撮ヒーローを経て、今やドラマや映画に引っ張りだこの人気俳優まで上り詰めた有馬 慎だからだ。
「伊月君、現場慣れた? あ、今の内に水分とっておいた方が良いよ」
 有真はとにかく軽いノリのチャラ男役だが、有馬自身は落ち着きのある穏やかなお兄さんだ。The好青年とも言える人柄で、特撮番組を視るお子様たちのお母様方のハートを鷲掴みにしてきた。
「ありがとうございます、有馬さん」
 スタジオの隅でタオルで汗を拭きながらペットボトルのお茶を受け取ったのは、烏月役の岩村 伊月。なんと高校生である。
 俳優の相棒役一般公募のオーディションで受かっての大抜擢だったが、40歳役なんて聞いてなかったらしく最初はかなり戸惑っていた。
「慣れたは慣れたんですけど、やっぱり40歳って難しいですね。こう、落ち着いた空気出すの」
「充分よくやってるよ、雰囲気出てるし」
「40歳らしく回らない寿司とか食べさせて貰ったらもっと頑張れる気がするんですけど」
 駄目ですか? と言わんばかりの上目遣いで見つめてくる伊月の頭を有馬が笑いながらわしゃわしゃとかき乱すように撫でる。
「ま、それは今日の収録の出来次第だね」
「ちょっ、セットが崩れますって!」
「大丈夫大丈夫、少し乱れてる位がっぽいからさ」
 そんな風に兄弟のように戯れていると撮影スタッフから声がかかる。撮影再開だ。
「出番だ。……じゃあ行こうぜ、セーンセ?」
 有馬が有真の軽薄そうな声音で呼びかけると、伊月の表情からもスッとあどけなさが消えて烏月の顔になる。
「……オレの足引っ張らないでよね、有真」
 視線は合わせず、こつんと手の甲だけを合わせ、二人はカメラの前へと戻っていく。
 日常は非日常へ。
 今宵も二人、その身を異界に沈めよう。
「うつし世はゆめ」
「夜の夢こそまこと」
「「『東京インソムニア』、はじまります」」


【執筆:依藤ピリカ】


●オフショットNo.■■
 某日未明、東京駅。
 サポートスタッフがビデオカメラを手に、伝奇ドラマ『東京インソムニア』の撮影現場のバックヤードへと入っていく。スタッフが見つけたのは、数多のメモが書き込まれた台本を読む若い俳優、星川 瑠衣。
「んー、この感じの子でいいのかな……あ、おつかれさまですー」
 彼の役柄は、実在しない、と言われた姉の存在を信じて探し続ける弟。出番直前までイメージを探り続けるしかない、と瑠衣はカメラに語る。
 ふと、隣から小さく呻くような声が聞こえ、瑠衣が顔を上げた。
 スタッフは少し下がり、瑠衣ともう一人を映す。
 今回瑠衣と初共演の俳優、小野寺・蒼砥が台本を手に暗い表情で座っている。
「大丈夫ー?」
「あ、うん……ちょっと役に入り込み過ぎたというか」
 虐待、冷遇、薬物、いろんな方向からトラウマが刺激されるんだよ、しかも大役だし、と呻く蒼砥。
「やるからには精一杯やるけど」
 深呼吸と共に台本確認を再開した蒼砥に、瑠衣がエールを送った。
「がんばれがんばれ。飲み物いる?」
「いる。サンキュー」

 +++

 出番を待つ若い役者らにもカメラが向けられる。
「こんにちはー、SKYの畔上 蒼翔です」
「遠野 昴流です」
「結城・晴天でーっす!」
 慣れた様子で自己紹介をするのは、アイドルグループSKYの三人。
「にしてもさ、演技とのギャップあると大変だよなー。その点俺らは素だから助かったけど」
「そうだな、役名もまんまだったしやりやすかった」
 さまざまな役者が一堂に会した今回の現場。晴天がしみじみと言い、蒼翔が頷く。
 エキストラ多数、製作費用に至っては伝奇ドラマ『東京インソムニア』シリーズ中、最高額。配役や宣伝への力の入り方も半端ではない、『混沌へのターミナル』回である。
 しかし気負わぬ晴天は、でもさ、と笑う。
「終始笑顔のすばるんとか俺めっちゃ見てーかも! なっ、すばるーん?」
 槍玉に挙げられた昴流は眉根を寄せた。
「……人選間違ってるだろう」
「ギャップだよギャップ! インパクトあるじゃん?」
「こら晴天、昴流に絡むな。昴流の表情かおが死んでるだろ」
 SKYのリーダー蒼翔が晴天の後ろ頭を小突き、昴流に向き直る。
「昴流も。カメラ回ってんだから、んな嫌そうな顔しない」
「……」
 不服、と書いてある顔をカメラから背ける昴流。
 そこへ、一人の俳優が入ってきた。
「よーう、お前ら調子はどうだー?」
「あっ、檜原サンちっすちっす! うわー!?」
 かつてSKYと同じ事務所のアイドルだった俳優、檜原 恭一だ。
 恭一は三人の頭を次々にわしゃわしゃわしゃ。大先輩の挨拶に、晴天だけでなく蒼翔も悲鳴を上げた。
「恭一さん!? ちょ、頭はやめ、セットが!」
 その慌て具合たるや、レアショットをゲットしたカメラマンが恭一に向かってサムアップするレベル。恭一も良い笑顔でサムアップを返す。
 なお昴流だけは慌てず騒がず、静かなまま。むしろそれで気持ちの切り替えができたようだ。スッキリ顔で最後まで髪を掻き混ぜられていた。
「三人一緒に撮れて良かったなぁお前ら。俺の役、結構お堅いし、一人行動多いんだよ」
 俺もお前らと一緒が良い~、と明るく駄々をこねる恭一を、蒼翔が宥める。
「今度、一緒に映るシーンあると良いですね。……あ、次の収録!」
 時計を見た蒼翔の声に、やっべ、と恭一が真っ青になった。
「お前らも急げよ!?」
 バタバタとテントを出ていった恭一をカメラが見送り、残る三人も必死にヘアセットを直してテントを出た。
「そーしさん、俺らもダーッシュ! 最悪すばるんにいっけなーい、遅刻遅刻ぅ☆ってお茶目に突入してもらって遅刻のインパクト消そうぜ」
「そんな昴流見たらファン泣くんじゃね?」
「それな!!」
「絶対やらない」

 +++
明坂あきさか三兄妹役の三人にもオフショットカメラが向けられた。
「ゆっくり喋るのに気を使ってると台詞忘れそう」
「どの格好で何しててもあの口調だもんな」
「そーなんだよねー」
 長男役の口調で、明坂 壱之丞を演じるマルチタレント・ICHIは明坂 桜侍役の明本吏桜リオに頷く。
「タレントも大変だな、突飛な役を任されて」
「あはは、二人の兄貴役ができて嬉しいよ」
 にこにこと上機嫌のICHI。
 三兄妹の下二人、吏桜と、明坂 みゅみゅあん役の明本魅美ミミは実の兄妹で、芝居歴も長い。ICHIはそんな二人の大ファンなのである。
「まぁ静かに喋る役は正直羨ましいけど。俺なんて声張るシーン多すぎてのど飴手放せない……」
 飴を口の中で転がしながらぼやく吏桜の隣では、魅美が台本片手に試行錯誤中。
「魔界の王女、みゅみゅちゃんだよ~! ……うぅん、なんか違う?」
 子役上がりの上品な美人女優、魅美。みゅみゅあんのような弾けた役は初挑戦だ。
「兄さん、どう思う?」
「表情が綺麗すぎるかな。みゅみゅあんは顔芸する美女のイメージ」
「確かに……表情豊かなキャラだしね」
 役者たるもの、表現への羞恥心など無い。しばらくブツブツと呟きながら表現を探っていた。
 そして。
「魔界の! 王女! みゅみゅちゃんだよ~ッ!」
 高らかな名乗り、ド派手な仕草と共にお披露目された、その顔芸。
「ひっ」
「…………おう」
 百年の恋も瞬間冷却されそうな凄まじさ。吏桜は体ごと少しヒいた。小さく悲鳴を上げたICHIに至っては、吏桜の背中にへばりついて泣き出す始末。
「ひぃん……推し女優の酷い顔みちゃった……」
「あ、そんなに効いた? これはイケルわね」
 役者魂、ここに極まれり。
「今ので確定なの!? せめて吏桜君だけはいつも綺麗でいてくれェェ!」
「ICHIさん、衣装に鼻水つけないで。張り倒すよ」
 替えの衣装なんて無いんだから、と背中からICHI兄役を引っぺがす吏桜弟役の姿も、オフショット映像にしっかり記録されたのだった。

 これらオフショット映像は後日、動画サイトの『東京インソムニア』公式チャンネルで公開され、大いに話題となった。

●撮影現場
 東京駅の利用者が行き交う地下階。
 ショッピングを楽しむ友人以上恋人未満な男女の可愛らしい会話が雑踏に混ざる。

 人混みを歩くその男ドリームホルダーの足取りは覚束ない。
「いっそ……俺なんて……」
 かすれ声と共に壁へ背を預け、ずる、と座り込んだ。

 突然、通路が暗闇に沈む。
「うわ暗っ」
「なんだ」
「停電か。spouterに書き込んどこう」
 人混みの中の若者三人組は、スマホを取り出し情報拡散と収集を開始。

 その横では、人しをしていた少年が目をこすっていた。
 暗闇にようやく目が慣れ、周囲の人影が見えてきたと思ったのだが。
「……変な形」
 ソレは腕が長すぎ、頭も大きすぎる。頭はぐるぐると回転し続けていた。
 一方向へ、ひたすらに。

 +++

「カット! OK!」
 現場に安堵の空気が満ち、次の撮影が開始する。

 +++

 スマホの画面に照らされ、来瞳 諄の整った相貌が暗がりに浮かび上がる。
 spouterで東京駅の状況を調べている間、夫の長谷部 勉は物見役として暗闇に目を凝らす。共にすらりと背が高く、仲のい夫婦。
「停電はこの駅全体。駅外の施設や隣駅は異常無しです」
「ほう。……この辺りは変化無しだ。移動したほうが良いな」
「あ。今、侵蝕現象とホルダーの目撃情報が」
「場所は」
「地下中央口付近」
「行くぞ」
「言われなくとも行きますよ」
 歩き出しながら淡々と返される言葉に、夫は穏やかに微笑む。
「減らず口め」
 それを聞いた妻もまた、冷たい微笑みを唇に佩いて囁いた。
「今更でしょうに」

 移動した先では、カップルとスーツ姿の男性が、壁際に座り込んだ若者を囲んでいる。

 +++

「カット! OKです! 次、ダイブシーンです!」
 俳優の移動、交代、メイクアップ、衣装変更。上を下への大騒ぎの中、大きく息を吐いたのは勉。
「やっと終わった」
「それはこっちの台詞です」
 横から鋭い声が割り込む。妻の諄だ。勉は妻へひと睨みをくれてやった。
「いちいち絡んでくるなよ。お疲れか? 抱き上げて運んでやろうか」
 諄は心底嫌そうに顔を顰め、怒りを滲ませた。
「はぁ? 何を気色の悪いことを言ってるんです、とっとと支度してください」
 作中の夫妻以上に犬猿の仲な二人である。

 しかしスタッフたちも慣れたもの。火に油を注がぬようそっと様子を窺いつつ、それぞれの仕事に勤しむ。
「ルカさんのメイク始めるべきですかね」
「さっきオリヴァーさんが向かったよ」
「なるほど馬に蹴られたくないので後にします」
「それが良い」

 ティーン雑誌の人気モデル、ルカ。
 彩木・琉花を演じる彼女が一人静かに休憩しているロケバスを、彼女の恋人にして俳優のオリヴァー・ウッドが訪う。作中では両片思い、現実では既に結ばれた熱愛カップルとして既に有名な二人だ。
「おつかれ」
「おつかれさま。入って良いよ」
 乗り込んで隣に座り、ドアを閉めたオリヴァーは、ルカの顔を覗き込む。
「ルカ撮影中他の男見すぎ、俺のことも見ろよ」
 それを聞いたルカはきょとん。
「あたしはいつだってオリヴァーしか見てないよ」
 言って微笑み、腕を広げてオリヴァーを抱きしめる。抱きしめ返され幸せそうに頬を染めた。
「わかるでしょ、全部あなたの物だって……んっ」
 言いかけた言葉は、恋人の唇に吸い込まれる。
「足りない」
 低い声は熱く、眼差しは貪欲さを孕む。ルカはその瞳に心奪われながらも、こんな所で、と弱々しく抵抗した。
「い、嫌、オリヴァー……」
「嘘だな、嫌じゃないだろ?」
「我慢できなくなっちゃうのが嫌なの……っ」
「我慢しなくていい」
 再び重ねられた互いの唇を甘く食みあう。
 コンコン、と外から車窓をノックする音が響くまでの、密やかな時間。

●アクションシーン撮影完了!
 夜の姿の衣装を纏った俳優たちが、モニターチェックに集まった。 

『本音を出せよ。なぁ……?』

 特殊メイク姿でカメラに向かってニタリと笑う十六島・甘美のシーンに、天国 コハクが声を上げる。
「ここ大好きです、真に迫る感じで!」
「てかほとんど『真』じゃねぇの?」
 悪戯っぽく笑うのは大地 奏名。甘美が慌てて口を挟んだ。
「エッ、あ、アレは演技ですよぅ、演技!」
 アイドル路線で売り始めた手前、自身の腹黒さだけは隠し通さねばならない甘美である。が、夜の姿のシーンでうっかりバレやしないだろうか。内心、滝のような汗を流しつつ、両手をぶんぶん振って二人に笑う。
 気恥ずかしさで慌てているようにも見えるその姿に、コハクも笑って頷いた。
「あはは、もちろん。さっきの宣材撮影も可愛かったですね!」
「えへ、ありがとーございまぁす。いろんな人に見てもらえたらいいなぁ」

『それじゃ行ってきまーす!』
『おい待てコハ!!?』

 モニターからは明るい声と焦り声が流れ出る。コハクと大地の戦闘開始シーンだ。
「どうしてこんなスタント無しで危険に飛び込むシーンばっかりなの?! 怖さしか無いのにもっと楽しそうに笑えなんて設定に狂気を感じるわ」
 結構な高さのジャンプだった……と思い出し青い顔をするコハクは読者モデル出身。アクションなど縁が無い。
「まーまー。怪我しないようにカバーしてあげるし、これからもがんばろーぜ」
「うー、助かります」
 奏名はアクション撮影経験も豊富なベテランだ。が、それ以上に手が早いことで有名。
「ね、コーハちゃん。プライベートでも俺と同居しない?」
 華奢な肩を引き寄せる。
「ちょ、大地さんやめて下さい! 私清純派で売ってるんです!」
 コハクはその手からさっと逃れて威嚇した。口をとがらせる奏名。
「ちっ、ガード固ぇな今日も」
「大地さんはナンパすぎます!」
「言うね~。否定はしないけど」
「しましょうよ!?」
 やいのやいのと横道にそれていく二人に甘美が笑う。
「はいはいお二人さん、モニターチェックの時間ですよー」

 こうして忙しくも和やかに撮影された『混沌へのターミナル』回なのであった。


【執筆:柊】


 『東京インソムニア』。言わずと知れた大人気伝奇ドラマシリーズ。その中でも六月に放送された人気回、『淫雨に沈む』、その撮影風景と舞台裏に迫る——!


「次のシーンは……また手ぇ繋いでる。何でこいつら付き合ってねぇの?」
「その距離感がエモいんですよ、スイさん! 早く結婚しろですけど」
 次の場面の台本合わせを行い役への理解を深める二人の役者。彼らの役柄は『七夜・翠』と『猪原城・美雲』。かつて出会ったことがあり実はお互いを想っているがまさかの美雲が翠を相手だと気づかない——! ……という、シリーズ通しての早く結婚しろコンビエモエモ関係性コンビなのである。
「エモ……?」
 『七夜・翠』を演じる『スイ』は、大手アイドル事務所所属。今を時めく人気グループのメンバーだ。歌に演技に活躍の舞台を広げている彼は、今回のイケメンだが振り回されまくる一途な役に新規ファンを更に開拓。
 『猪原城・美雲』を演じるのは女性アイドル『美紅』。愛らしい容貌の王道アイドルなのだが……オタク気質とそのくるくる変わる表情からグループでは完全にバラエティ枠だ。それが功を奏し、今回は完全にハマり役だったが。
「そうだ美紅ちゃん。折角のペア役だし俺らも連絡先交換しねぇ?」
「あら、『助手になってくださいますの?』なーんて! いいですよ~……あ! それなら今度聖地巡礼撮影場巡り行きません!?」
「……聖地巡礼? はは、いいぜ。お嬢の為ならな?」
 役に引っ掛け意中の相手の連絡先をゲットしたスイ。その手腕は……よりもよっぽど、やり手……かもしれない。


「やっほー香夜ちゃん!」
「おはよう、有紀さん……今日は何を食べているの?」
 焼きそばナポリタンパン! と答えながらむしゃむしゃ頬張るのは『彩都 有紀』役の少女。もう一方は『楠香夜』役だ。相変わらずテンションが高いなぁとしみじみする香夜に構わず、有紀は焼きそばナポリタンパンを完食する。
 ——大阪出身ってだけで、自分の性格とは真逆の役を振られて。正直かなり心配でした。
 役の不安や苦労をインタビューされ、香夜役の彼女はそう答えていた。続けて、『有紀』役の彼女への感謝も。
 ——なんやかんやこの一年、有紀さんのテンションに引っ張ってもらった所もあるんです。
「それにしてももう一年かぁ」
 満腹になった有紀がなにげなくそう呟く。それを耳にした香夜は少し前にされたインタビューと己の解答を思い出し——ふっと、優しく微笑んだ。
「これからも宜しく、有紀さん」
「やだもう♪ 照れちゃうじゃーん!」
 肩をバンバン叩かれながら香夜もなんだか少し恥ずかしくなり、苦笑していた。
「あ、もう一個あるけど食べる?」
「いくつ焼きそばナポリタンパンを持ち歩いてるの……!?」
 ——最初は無口な彼女と上手くやっていけるかと心配だったよー。
 有紀も以前受けていたインタビューを思い返していた。
 ——なんとかなるもんだよね。今じゃちょー仲良しだもん!


 ……そんな和やかな二人がいれば、そうでない人たちもいるわけで。
「炭酸!? アタシが飲み物って言ったらカフェオレに決まってんだろ! いいからさっさと買って来いよ!」
 平謝りしていたスタッフが楽屋から飛び出し、マネージャーが機嫌をとる。未だ腹の虫が収まらないと癇癪を起して暴れているのは——なんとあの『天野川・煌』の役者である。そんな性格で正義のヒロインたる役が務まるのか心配になるところだが——
あなたわたしの思い通りにはさせない!」
 心配は無用。カメラが回れば、彼女は「ヒロイン」だ。
「鬼燈 緋音さん撮影終了ですー!」
 次の撮影の準備を進めていた煌の耳にそんな声が届く。そして彼女は嫌悪感を隠さないまま、もう一人の役者へ挨拶もせずにさっさと立ち去った。
「はーいありがと♡」
 雨の中での撮影を終え、タオルを受け取る緋音。その笑顔は愛らしいより蠱惑的であり、既にスタッフの視線を釘付けにしていた。さっきまでぴいぴい騒いでた子供二歳しか変わらないがいたみたいだが、緋音が気にすることもなく。
「緋音ちゃん! よかったよぉ~」
 猫なで声で近寄ってくるオッサンにも変わらぬ笑顔を振りまく緋音。このオッサン地位だけは高くプロデューサーの一人で、演戯なんてできないと言っている緋音を気に入ったからの一言でドラマにねじ込んだ。今日も下心満々で緋音を夕食へ誘う。
「ぜひぜひ! また面白い話たくさん聞かせてください♡」
 あざとかわいい演戯をしながら緋音は男の腕へその手を回した。


 ——それでは『雨縞 ナツ』さん、『三城 淳太郎』さん。本日はよろしくお願いいたします。
「よろしくお願いします!」
「……ああ」
 インタビュー会場にて揃った二人の役者。片や若々しく出演経験もまだ少ない高校生モデル。片や長年舞台俳優を務めた大ベテラン。特に『三城 淳太郎』役のベテラン役者はかなり気難しく自他共に厳しい事で有名だが——隣に座るベリーショートの若手女優は気にすることなくにこにこ微笑んでいる。
 ——今回の『淫雨に沈む』、お二人とも名演でしたね!
「話す事は特に無いです。芝居を見てくれれば」
 相変わらず突き放すような言葉にインタビュアーが凍るその前に。楽しそうにナツが話し始めた。
「凄いんですよ! 普段こんなに無口でいらっしゃるのに、カメラが回ると『三城 淳太郎』さんになるんです! あと夜の姿もご本人で——」
「……まあ、あんたも良かったんじゃないの。あのシーンは、だけど」
「手厳しい! こんな感じで仲良くやらせてもらってます。当のなっちゃんがどんな出会いをするのか、私も楽しみ!」
 きゃっきゃと話を進めるナツに相槌で反応する淳太郎。案外二人の相性はいいのかもしれない。
「物語はまだまだ始まったばかりです。東京インソムニアなら人ならざるモノ……にも出会っちゃったりするのかな?」
「その辺りも本編を見てもらえれば……」
 なんやかんやと進み始めたインタビューにほっと胸を撫でおろしつつ。収録は続く……。


 インタビュー、別室にて。
「最近出て来たキャラだけど、みんなに覚えてもらいたいね」
 そう語るのは歌手・園田久実子だ。彼女は『東京インソムニア』の主題歌を務めたこともあり、エキストラとして出演もしていたが——最近『クラディール・ソニウム』として大抜擢された。ちなみに、同居人は本物の彼女の夫である。
「かなり印象的でしたから絶対覚えられてますよ。僕らも驚きましたよ~あの格好」
 そう笑うのは『織辺・浅吏』役、聖辺 麻人だ。
「あれ、実は久美子さんのアドリブだったんです。スタジオ騒然でしたよ」
「雨に濡れて着替えるならっていう思い付きだったけれどスタッフさんたちが賛同してくれて。今やクラディールの大切な個性になったよ。……しかしそう言う『アンリ』ちゃんもかなり衝撃だったような」
「いや~それに関しては僕もびっくり……」
 麻人の役の一つ『アンリ』は実在するバーチャルアイドル。全く新しい試みに当時はかなり話題となった。
「共演する前は疎かった僕も今ではすっかり配信漬けです。この前うっかりコメントがバレてスパナまで貰ってしまって……や~迂闊な発言ができなくなってしまいましたよ」
「今度共演で『淫雨に沈む』紹介動画を出すと聞いたし、是非覗かせてもらおうかな」
「なんでそんなに詳しいんですか久美子さん!」
 インタビュアーそっちのけで話し倒す二人に「一緒に動画出してみて欲しい!」という声がSNSで上がったとかなんとか。


「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様~」
 バックステージにて、ほのぼのとした空気を醸し出すのは『逢坂 幸治』役の逢原 幸治と『天音・希斗』役の天川 望だ。この二人にはとある共通点があったそれは——
「それって、もしかして噂の……」
「そうそう。『希斗』くんお気に入りのスイーツ店のお菓子。役作りの名目で買ってきちゃいました」
 めっちゃお菓子が好きなのである。
 「いります?」と差し出されたマドレーヌを喜々として受け取り、望と共にまったりと過ごし始める幸治。食べるのが好きな二人はこの作品で共演してから完全に茶飲み仲間となっており、仲良く過ごしているところをよくネタにされている。精神科医とハッカー。作品内ではなかなか同じシーンに映らない二人なので、まずこの並びが面白いのである。
「最近ねぇ、なーんかちょっとベストがきつい気がして」
「え、マドレーヌあげちゃって大丈夫でした?」
「まあそれは食べるけどね。養子役の子が本当にご飯作ってきてくれるものだからさー」
「ああ……僕の方も共演者が本当に料理好きで、よくみんな鴉の巣でプチパーティになるんですよね」
 互いに胃袋を掴んできている相手のことを話しつつ、当人を思い浮かべる。今ごろ撮影中だろうか。
「今回、とにかく雨に打たれる場面が多いから、あの子が風邪を引かないか心配なんだよねぇ……」
「雨はアメでも飴玉だったらよかったんですけどね」
「確かに!」
 朗らかな笑い声が響き渡り。撮影の合間の穏やかな時間は過ぎていった。


「夜の姿で出会う訳だから、この辺りのやりとりは……」
「んーでも俺ってか夜の撫子はグイグイ行きそうだし……」
 同じくバックステージでも、真剣な空気を纏う二人。『篠乃木・琢磨』役・葉山 智行と、『鴇羽・撫子』役・羽柴 樹だ。
 二人は同じ事務所の先輩後輩に当たる。特に樹にとって、小学生のころから子役で活躍していた智行は大先輩だ。俳優歴の長い彼は年若くともベテランと呼ばれるが、今でも役作りの努力は欠かさない。今回の『篠乃木・琢磨』役のためにも、和歌と法律、そしてBL文化を猛勉強して臨んでいる。
 一方で樹はまだ生意気盛りな子役声優だ。夜の姿が少年ということで選ばれた彼だったが、昼の撫子の姿も見事に演じきっており、評価も高い。彼の愛らしい女装はSNSでかなり話題となり、本人もそれを自覚している。ただ彼もまた天才型ではなく努力型であり、女子の立ち振る舞いをかなり勉強したらしい。
 努力家二人が集うとどうなるか。休憩を取ってくれないのである。
 次は『東京インソムニア』の花形、ナイトメアのシーンだ。役者的にもメイク的にも負担の多い撮影を前に、役者たちにはたっぷり休憩を取っておいて欲しいというのがスタッフたちの総意だが——。
「じゃあこの場面は俺がこっちから飛び出てきてさー」
「ならここで僕が撫子さんを受け止めるなんていうのは……」
 残念ながら、彼らの打ち合わせは終わる兆しが全く見受けられなかった。


 『東京インソムニア』といえばやはり——魅力的な『夜の姿』たちだろう。それぞれのアイデンティティ武器を携え、内面の表現となったその姿は個性的かつ魅力的だ。
 ただ、それが役者たちにとって難易度の高いものであることも、ままあるようで。
「昼の姿はクールで素敵な女性なのに、なんで夜はこんなえっちな格好なの……。誰の趣味?」
 褐色肌の特殊メイクを終えた『那珂湊・沙夜』役・安藤聖美は唸り声を漏らしていた。ボンテージ×シスターなど、どんな趣味をしているのだか。少なくとも聖美には理解できなかったし、恥ずかしくて仕方なかった。
 肉感のよいその体をキツキツのボンテージに詰め込み、一度鏡の前に立つ。スタッフメイクさんの力もあり蠱惑的で美しい女性に仕上がってはいるが——
(無理! 恥ずかしい!)
 モデルの仕事でもこんな服なかったよ! と顔の火照りを収めながら更衣室から出た聖美。そんな彼女の耳にもうひとりの悲鳴が飛び込んできた。
「うう、やっぱり、これ露出多過ぎませんか……?」
 お腹や胸を掻き抱いたまま、泣き言を漏らしていたのはハーフの若手俳優、山下・エミリア・加恋。自信家お嬢様『上梨 鳳果』役だ。彼女の女騎士のようなビキニアーマーに、聖美はすさまじい共感を覚えた。
 一方で加恋は聖美を見て感嘆を覚えていた。蠱惑的で美しい姿、堂々とした立ち振る舞い加恋にはそう見える。思わず自分の身体と見比べてしまい、一人でひっそりと落ち込んでいた。もちろん、加恋の姿もとびきりに魅力的である。だからこそ若手俳優である彼女が、『上梨 鳳果』役に抜擢されたというのもあるのだから。
「よ、よし、がんばるぞ!」
 加恋がマネージャーに励まされなんとか持ち直したその時、がちゃりともう一つの更衣室が開かれた。
 そこから堂々と歩み出てきたのは『剣・鏡』役の女優だった。獣じみたその恰好はやはり露出が高い。しかも『剣・鏡』は元々かなり露出の高い服を着ていたりと少しハードルの高い役柄だったのだが、彼女は見事にそれを演じきっていた。
 心のうちまでが平穏だったとは言わないが。
(えっちなのはダメなのに……なんでこの普段からあんな、あんな……!)
 元々無口で大人しい性格の彼女。演戯はできていても内心完全にパニックになっており、頭はオーバーヒート寸前である。
「『那珂湊・沙夜』さん、『上梨鳳果』さん、『剣・鏡』さん! 販促用の写真を撮りますので視線お願いします!」
「あ? 仕方ねぇなあ」
(すごい、露出が多くてももう役作りに入っているのね)
(見習わなくっちゃ……!)
 聖美と加恋からの感心と尊敬の眼差しを受けていることにも気づかず、彼女は『剣・鏡』らしいポーズを取る。
(あああもう早く終わって!)
 そんなショート寸前な彼女の願い虚しく。羞恥による汗で衣装を貼っていたテープが弱まり。
「……あっ」
 ぽろりとまろびでた胸に、少女のような愛らしい悲鳴がスタジオへ響き渡る。そのまま倒れてしまった彼女を咄嗟に聖美と加恋は庇い運び込み……それが仲良くなったきっかけだと、後に三人はバラエティ番組でコメントした。


【執筆:夜団子】


 ●
「……ええ、時間がないので手短に。『兎』を発見しました。……あちらも時間に追われているようですね」
 廃ビルの階段から、大人びた口調の少年が二足歩行で走る兎を観察している。
 懐中時計から頭上へ移る兎の視線。真っ赤に光る二つの硝子玉が――少年の酷く濁った瞳と重なった。
 ――はいカット!
 合図を受けて、虚ろな瞳に光が宿る。阿閉・終アツジ・シュウを演じていた少年は、阿賀井・零アカイ・レイへと戻った。
 現在、渋谷駅周辺ではゲリラ的なロケ撮影が行われている。
(……流石の演技力ね。あの天才子役が演じる子供らしさを崩壊させられた子供の役なんて、そんなの……人気が出るに決まってるじゃない!!)
品川 未織シナガワ ミオリは、零の演技を食い入るように見つめていた。彼女もかつては一世を風靡した子役だったのだ。しかし、悪役でデビューした当時から世間に根付いてしまった悪印象は中々拭えない。
「あ、品川さーん!」
 そんな未織の胸中など露ほども知らぬ零は、パタパタと尻尾を振るように近付いて来た。
「えへへ、憧れの品川さんと共演出来るなんて嬉しいな」
「……ありがと。幻滅されないように頑張るね」
 未織はにっこりと微笑みその場を離れる。気を取り直して、先程追加された台本を確認しなくては。
 事務所の力で芸名と同じ役名をゲットした、その役は――。
(ちょっと待って、vedaってまさか悪い組織!? あたしのイメージ払拭計画が!)
 聞いてないわよマネージャー!! 握り潰された台本がぐしゃりと悲鳴を上げた。

「マネージャー! 段取りどうなってるの!?」
 こちらでも女優の雷が落とされている。真面目で誠実なお嬢様、各務原 瑛梨カガミハラ エリ役として出演する佐波しとりの素の姿は、役のイメージとは正反対だ。4歳から子タレとして芸能界入り。もてはやされて育った彼女は、いつしか癇癪持ちの我儘娘に……。
「ったく、どれだけ待たせるつもりなの……私の方が先輩なのよ!?」
 少しの待ち時間も耐えられず、付き人へ苛立ちをぶつけていると――その背後にすぅっと長い影が立つ。
「もし、そこのお方」
「……っ、誰!?」
「私は場末の怪しげな占い師役を担うただの占い師です」
 ヴェールの奥で薄い笑みを浮かべた女性、罪咎誡女は黒手袋の指先で沿道を指した。
「お気付きですか? ……あちらで貴女へ熱い視線を送る方が」
「えっ……ああ、ファンが見学に来てたのね」
 先程までの厳しい表情から一転。猫かぶりの笑顔でしとりが手を振れば、
「「しとりーん!」」
 と返される華やかな歓声。ああ、自己肯定感が満たされていく。
 そしてファンサービスも仕事の内だと、しとりは誡女に背を向け沿道へ向かった。
 後に誡女はカメラの前でも、怪しな占い師役、緋崎・憂女ヒザキ・ユメとして姿を現す。
「ほんとに毒にも薬にもならないような役ですね。まぁ、これはこれで楽しそうです」
 意味深に、言葉に重みを乗せるのは得意です。さて、重要な台詞かもしれないと皆様を惑わせられるでしょうか。

「ヨウコソ、『アリスのティーパーティー』へ。……オヤ? ウサギさんもイラッシャイ」
「君もゴチソウになりに来たのかな?」
 アリステア・Aアラザラム・ハリスン役の和泉イズミクリスとロビン・カルカス役のドミニック・メルルは、スイーツホームパーティーのシーンを撮り終えたようだ。
「私のさっきの台詞、わざとらしくなかった?」
 残ったおかしなお菓子、蝶型のバターフライクッキーを齧る。腰掛けた椅子からぷらぷら揺らす右足は作り物――ドミニックは先天性四肢欠損の義足モデルだ。その身体的特徴と容姿からスカウトされ……今は楽しんでいるが、夢魔も食べる狂人カニバリスト役だと聞いた時には本気で驚いた。
「監督も言っていたように素晴らしかったよ。倍以上の年齢の役だけど子供っぽく……なんて難しいだろうに。ニックはよくやってるよ」
 先程のカタコトの台詞が嘘のように流暢な日本語で話すクリスは役よりも年上で、ドミニックとは親子ほどの年が離れている。役柄上は親友だけれど、普段は娘のように可愛がってしまうのだ。
「こっち向いて、クッキーが付いてる」
「ん、ありがと」
 無防備に顔を晒してハンカチで口元を拭ってもらうドミニックも、もう一人の父親のようにクリスを慕っていた。前にうっかり「パパ」と呼んでしまったことを思い出すと、今でも頬が熱くなる。
「ニック?」
「何でもない! 次の撮影はどこだっけ??」

 貸し切られた渋谷のバーでも、撮影の準備が進められていた。
「葡萄ジュースと烏龍茶お願いします……ええ、飲めないんで……」
 自分と同じ名の役を演じる舞台女優、片町カタマチリナは、スタッフにいつもの注文を入れた。社長令嬢であり趣味で劇団に所属している設定まで自分と同じなのに、何故下戸にしてくれなかったのか。
「本当にお酒好きよねぇ、『私達』」
 リナの隣では元モデルの女優、那珂湊・沙夜ナカミナト・サヤ役を演じる安藤聖美が台本をめくっている。
「フランス語や専門用語の台詞が言い慣れなくて。そんなにお酒に詳しくないから毎回予習するのが大変なの」
「私も勉強してるんですよ。ビールって安いやつはビールじゃないんですねあれ」
「ええ、発泡酒や新ジャンルのお酒のことね。あとは……フランスの決まった所で作ってないとシャンパンって言わないんですって」
「えっと……確か、シャンパーニュ地方!」
「ふふ、アタリ」
「やった! それと前に出て来たウイスキーは……」
「ん? あのブランデーのことかしら?」
「……え? っていうかそれってどう違うんですか!?」
 くすくす笑う聖美の様子を見るに全然違うらしい。正解が嬉しくてつい欲張ってしまった。
「いやはい、勉強します……」
「一緒に少しずつ、ね?」
 スタッフに呼ばれ、二人の女優は仮面を被る。
 私達は大切な飲み友達。そして――聖美は秘めやかな想いも沙夜の胸に灯した。

 お次にカメラが回るのは、渋谷の表通り。
「きゃああ!? また侵蝕なの??」
「哎呀! アナタ、しっかり捕まってるヨロシ!」
 猛スピードで暴走する車椅子へ隻腕の女性が華麗に飛び乗る! 
 突然繰り広げられるアクションシーンに、観衆は度肝を抜かれた。
「ふぅ、ようやく休憩時間か」
 車椅子から自分の足で降りた朝霞・杏音アサカ・アンネ役の少女は汗を拭く。
「やー、バッチリでしたねー!」
「お疲れ様です。アクションの迫力、すごかったです!」
 杏音に駆け寄る林杏・李リンシン・リー役の彼女は、元スタントマンだ。杏音の足とは異なり、彼女の隻腕は本物。事故で腕を失ってからは指導に回っていたが、今回直々にスカウトされたらしい。日本語もとてもお上手だ。
「よーこんな役が通りましたね。隻腕で新聞記者で極道なんて、ウチ中国の方じゃ放映されませんよ」
「ほんと、なんでキャラクターにこう歩けないとか不自由な設定付けるんでしょうね。ストーリー上で動かしづらくないのかな?」
 そんな疑問を零す杏音の耳へ、彼女のマネージャーがこそこそと何かを告げる。
「え、趣味? 義眼とかしゃべれないとかおむつっ娘とかもっと不自由設定を盛ろうとしたけど他の設定との兼ね合いとかで没になった?」
「設定もりもり大好きマンが制作陣にいたわけですね」
 やれやれ、と二人は肩をすくめた。

 スタジオ内で撮影する役者達も随時集合していく。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「ああ、調度良かったわ。さっき差し入れで和菓子をいただいたの。良かったら食べて行かない?」
 大先輩のベテラン俳優、六条春枝ロクジョウハルエの楽屋へ挨拶に来た御巫千代ミカナギチヨは、毎度のお約束のように引き留められていた。
「えっと、いつもいつもでは申し訳ないので……」
「あら、忙しかったかしら?」
「いいえ! あ、ありがとうございます……いただきます!」
 そして今回も、俳優の世界へ踏み出すきっかけになった憧れの人のお誘いは断れなかったようだ。
「わ、兎さんのお饅頭……雪兎みたいでかわいいです!」
「でしょ? はい、『千代ちゃん食べて食べて―』」
 春枝は兎饅頭を千代の手のひらに乗せてあげた。
(ああ、食べるのが勿体ないって声が聞こえてくるわ。かわいい~~!)
 彼女達の役、六条春美ロクジョウハルミが義妹の御巫ミカナギちとせを可愛がるのと同じくらい、春枝は千代が可愛くて仕方がない。
 おやつの後、二人は暫しの間読み合わせの稽古をする。
 期待の新人子役と謳われるプレッシャーもあるだろう。真面目な後輩がその重さで潰されてしまわないように。
 この大空芸能界を知る大きな鳥が、若き翼を導いていく。

「あれ、二人共早いね」
匂坂 沙羅サギサカ サラ役の姚芽衣ヨウ・メイ(ヤオ・ヤーイー)が漢服姿でスタジオ入りすると、既に共演する二人が彼女を待っていた。
「夜の姿のメイクは時間かかるからねぇ」
「特に清司の特殊メイクは大変だものねぇ」
 真っ黒な肌に尖った耳。鴨井 椿カモイ ツバキ役の来海柘榴クルミザクロが、鴨井 蓮カモイ レン役の郡上清司グンジョウセイジの耳を引っ張る。後でCG合成をするのでコードや翼などの装飾品はないが、清司はサイバーファッション、柘榴はドレスに着替えていた。
 二人は役柄上では兄と妹だが、実際には従兄妹同士だ。普段からこうして仲良く……おっとりと穏やかな清司が自由な柘榴に振り回されている。
「ああ、毎回緊張するな。ド素人だし無表情を保つのも大変なんだ」
「私も清司も、あれよあれよという間に巻き込まれてたからねー」
「本当だよ。芽衣は仕事で舞台慣れしてるかもしれないけど、俺なんかいきなりオーディション受けさせられたんだからね? 普段は樹木医の勉強してるただの庭師だからね??」
「ふふ、それでも二人共ちゃあんと役を獲って来るんだから。すごいすごーい!」
「芽衣、愉快犯が何か言ってるよ」
「ははっ、今すっごく楽しいからいいけどね」
 歌唱力に定評のあるミュージカル女優、柘榴がオペラを歌うシーンのある椿役のオファーを受けたのが始まりだった。その後、椿の兄と親友の役者も探していると聞き、まずは音楽一家の親友役に仲良しの芽衣を紹介。そして従兄も誘ってみたら、最高に楽しい撮影現場になっていたわけだ。
「私もピアノの演奏シーンが来たら、兄さんを替え玉にしようっと」
「芽衣の双子のピアニストのお兄さんね。本当にそっくりだから、清ちゃんきっとビックリするわよ」
「また被害者が増えるかもしれないのか……」
 清司が心の中で合掌したところで、撮影開始の時間になった。。
 にこにこと笑顔を振りまいていた柘榴は、事故で声を失い悪夢でしか歌えない儚きディーヴァになる。
 芽衣は楽器を手に持ち、清司も心を整える。二人の瞳も別人の意思を宿す役者のそれになっていた。

「あっザックさーん! 暇なら殺陣の最終チェックしましょー!」
 無表情でクールな和装令嬢、司波 唯織シバ イオリの役が抜けた鷹代上総タカシロカズサは、両手に小刀と小太刀の模造刀を持ってザック・ロディの元へと駆け寄った。
「よくすぐに別のシーン入れるな、少しは休んでりゃいいのに」
 と口では言いつつ、相手になる為に自身の役、マガト・バーゲストが愛用するクリスダガーをザックも用意する。
「別の自分になるの、好きで止められないんですよねー。まさに転職!」
 ザックさんはまだ役者にハマってないんですか? と不思議そうに尋ねれば顔を顰められてしまう。
「オレは長く続けるつもりはないんだって。他の綺麗所を立てるにはオレみたいなのが必要なるのは分かるけどな」
 日本語を含む多言語が堪能な東南アジア人、ついでに格闘術の経験ある筋肉質な身体がたまたま役と合っただけだろう。今回はスカウトを受けたが、ザックは俳優業を続けることには後ろ向きだった。
「私は貴方の演技も評価していますよ」
 すると、同じドラマに出ている高坏・泉タカツキ・イズミ役の千歳緑・チトセミドリ・ユタカがゆるりと彼等の間に入る。特徴的な貼る眼帯もカラーコンタクトも外された二つの黒い瞳が優しく細められていた。
「あれ、千歳緑さんの撮影はもう終わりでは??」
「ええ。ですが後学の為に、皆さんの演技は出来るだけ見学させていただきたくて」
 そう微笑む彼は、カメラの前ではキャリアの浅い俳優とは思えない貫録を見せるのだ。俳優になる前の長いエキストラ時代からその観察眼を磨いていたのか、粛々と役者としての経験知を積み上げていく。
「買いかぶり過ぎだ。オレにはアンタみたいな深みのある演技なんて無理だぜ」
「私の役は善良であればいいだけなので楽ですよ」
「またまたー。裏があるけどあるように見せない演技がスゴイんですってー!」
 このドラマは俳優プロ以外も様々な特技や特徴を持つ者がキャスティングされていて、とても面白い。
 幾つもの事件が重なり合うストーリー上では、顔を合わせない役者も多いけれど。
「いつか皆さんとも共演したいものです」


 そうして作られたドラマのPVプロモーションビデオは、オペラのアリアから始まる。
 少年と兎の瞳のアップ。カクテルを嗜む兎に、おかしなお茶会から逃げる兎。
 兎の大群に攫われる車椅子。兎を追う妹を追いかける姉。眼帯の紳士が数々の侵蝕報告書を読み上げた。
「真実はひとつとは限りません。ですがひとつに繋がっていないとも言えません」
 兎や夢の主、占い師の言葉に惑わされ、夢渡が潜る先は渋谷駅の地下に広がる悪夢のラビリンス。
 地を蹴り威嚇する兎を追い越して、元凶を抉り出せアイデンティティ・アームズ!
「帰りたいの?/帰りたくないの?」
 二重音声の問いに、迷い子の答えは黒く塗り潰された。
 東京インソムニア『アンダーランド・テイルズ』。――近日公開。


【執筆:ハザクラ】


 ドラマ『東京インソムニア』の打ち上げは何処も大盛り上がり。
 その宴会席の一角にて、割烹着姿の女性が声を張り上げる。

「お待ちどう!」
「どうも――って、羽倉崎さんじゃないですか」

 さも「店員でございます」といった様子で現れたのは羽倉崎ハクラザキ・アンナ。割烹着が様になっているがれっきとした役者キャスト陣の一人である。
「役柄の癖でつい
 と、佐倉サクラ 芙蓉フヨウにあっけらかんと笑ってみせる。
 二人はアンナが勤める劇中内で料理屋めし処 笑福で共演した事がある。謎解きクライマックス前に従業員のちょっとした発言からヒントを得る――と、メイン戦闘から離れたシーンだが芙蓉刑事役からの印象は強い。

 本職顔負けの立ち振る舞いで他の席へ飲み物ドリンクを回すアンナを横目に、芙蓉はSNSの検索結果エゴサーチを眺める。自身の評判はいい、のだが。
「浮かない顔やないですか」
「聞いてくれるかい?」
 芙蓉は嘗て、とある大ヒット映画で連続殺人鬼を演じ、その凄まじい演技怪演っぷりで評価され今に至る。過去の役が印象に残り続けているのは良い事だが……。
「……『“佐倉刑事”も豹変するんじゃないか』って」
「ああー……」
 冗談でも変なイメージが付いてると少し落ち込むし、否定して「そうじゃない」とも後の脚本で突き落とされる豹変する可能性を考えると気が気でない。
「うーん。いいキャラの筈なのに」
 と、ぼやく芙蓉をフォローしようと酒を勧めるアンナ。しかしその横で喧騒が聞こえる。

「――お前な、あのタイミングでアドリブはねえだろ。突っ走りすぎて割食うのは俺なんだよ」
「は〜〜? あんたに言われたくないんだけど! 昨日の台詞回し、全然噛み合って無かったのは誰だっけなー!」

 言い争っているのは乙宗オトムネ ガイ永来エイライ・ラキを演じる二人。劇中内では先輩後輩関係で行動を共にする事が多い二人だが、中の人役者はご覧の通り――口を開けば喧嘩するほどの犬猿の仲である。若手の実力派且つ美形として評判が高いが、綺麗な顔に似合わない荒っぽい言葉がどんどん飛び出して来る。
 どちらも未成年でありノンアルコールしか飲んでない――はずなのだが、酔っ払い顔負けの様相だ。普段からこの調子酔っ払いと変わらないと言うべきか。
「人が親切心で言ってやってんのに……! いいぜ買ってやる、その喧嘩!」
 バン! と机が荒っぽく叩かれた。しかし対面するラキは動じておらず、逆に身を乗り出し憎まれ口を叩く。
「何が親切心だよ。余計なお世話なんですよせ・ん・ぱ・い! 大体人の演技にケチつけるくらいならあんたらしくないポカを――」
「あのなぁ、芸能界で自分本位な態度は干されるんだよ。お前の実力は認めてやってるからこそ俺はな――」

「……あの二人、なんやかんや言って仲良いんですよねー」

「「良くない!!」」
 否定する言葉がそっくり重なるのもまたお約束か。
 けれど周囲の目を意識した二人は大人しく座り、暫く彼らの間には小康状態が流れた。


『カンパイ!』
 仲良く合唱するのは七瀬兄妹けいまいと志筑兄弟の四人組。ドラマ内ではそれぞれの家が“滝原タキハラ レオン”と一ノ瀬イチノセ 和真カズマの昼と夜の姿を担当している。七瀬家――兄の亮が“レオン”を、妹の春華が《夜の姿》である“ノワール”を、志筑家――弟の優斗が“和真”を、兄の浩紀が《夜の姿》である“アイン”を、といった具合だ。
 担当しているレオンと和真が親友同士であるように、演者の亮と優斗も仲が良く両家の間には非常に良好な雰囲気が流れている。

 さて、七瀬家と志筑家は対面する形で座っているのだが――どうも春華の様子がおかしい。落ち着かない様子で向かい側をちらちら見ている。何故、かは視線の先を見ればすぐに見当がついた。
(浩紀さんの横に座りたがってるのかな?)
 亮は、我が妹の事ながら微笑ましいと思った。人見知りしがちの春華が浩紀に懐いているのはよく知っている。素直にそう、と言えないのはちょっぴり恥ずかしいからだろう。ここは兄として助け船を出すべきだ。
「ゆーくん、春華と席変わってもらっていいかな?」
 少し遠慮がちな親友の声に、優斗は事情を察した。席を立つ優斗を、浩紀は心細そうな目で見つめる。弟想いなのは良い事だが、察しが悪いのも考え物だ。

「別にいなくなるわけじゃねえし、七瀬の妹も来るからいいだろ? 俺も兄貴も子供ガキじゃないだろ」
「……そうだね」

「……いいの?」
「うん、行っておいで」
「……ありがとう! おにいちゃん、優斗さん!」

 ぺこり、と両者に頭を下げて春華はいそいそと浩紀の隣に座った。甘えるように寄り添っており、弟が離れて寂しい思いをしていた浩紀も満更ではなさそうだ。年の離れた兄妹のように仲睦まじい二人を眺める亮の隣に、優斗が座る。
「ありがとう、ゆーくん」
「……別に、礼を言われる事じゃねえし」
「ふふ、でもゆーくんとお兄さんのお陰で春華も前よりは色んな人と話せるようになって来たから、本当に感謝してるよ」
「それは……」
 こちらから言う事だ、という言葉を飲み込んだ。
 役と同じ様に親友同士の彼らだが、役柄と性格は一致していない。どこか抜けていてのんびりしている亮臆病で愛想のないレオンに反してぶっきらぼうで実は人見知りな優斗快活でおちゃらけている和真に反して
 だから、兄以外で初めて気心の知れた間柄になった亮へすごく感謝をしている。しかしそれを告げるのは、何故か気が引ける。

「これからもよろしくね」
「言われなくとも」
「……でも、その割にゆーくんってぼくの事を名前で呼んでくれないよね?」
「うっ……」
 確かに、まだ亮の事を名字「七瀬」で呼んでしまっているが――計算なのか、何も考えずに言っているのか。どちらとも取れる親友の眉根に、少し恐ろしいものを感じた。

「……亮」
「うん!」


「おにいちゃんたちも仲良しさんね」
「そうだねー」
 一方その頃、浩紀は春華を膝に乗せて共に二人優斗と亮を見守っていた。いつの間にか立場が逆転していたという。


「化良くんももっと食べませんと」
「化良くんは背の割に細いんだから、この機会食べ放題に沢山食べなよ」

化良ケラ応介オウスケは震え上がって生返事しかできない。目の前に積まれていく料理先輩方の親切が畏れ多い。脇を固めるのはアララギ 鏡子キョウコ――役の八木 響子と烏丸カラスマ九郎クロウ――役の玄野クロノ カケル。片や近年知名度を上げている実力派女優、片や有名な大御所ベテラン俳優。最近スピンオフ作品で共演した仲とはいえ、デビューしたばかりの若輩新人応介が混じっていいものか。とはいえ二人から甘やかされて嬉しいのは事実。期待に応えるように黙々と食べた。
 そんな応介の内心を知ってか知らずか――右隣で響子は微笑む。後輩を可愛がる事で知られ、オフ撮影外でも応介を食事に誘っている彼女。応介への可愛がりようはスピンオフで義姉弟きょうだいを演じた事で拍車がかかっている。
(見る度に本物の姉弟っぽくなってるなァ……)
 と、こちらも響子とオフでの付き合いが多い翔も思う。

「化良くんも中々様になって来たね」
「ありがとうございます。あ……一周年、おめでとうございます」
 出演者でもある以前に作品の一ファンである応介にとって、この席は数多の有名人に囲まれているに等しい。つい、緊張で言えなかった言葉を漸く口にする。翔は言葉の代わりに乾杯で答えた。
「撮影が始まってからまだ一年なんですね。二人とは数年来の付き合いになる気がするのに」
 共演した期間を数えるともっと短くなるだろうか? 時間の流れとはなんとも不思議なものかと響子は思った。これからも二人との縁は続いて行くのだろうか。翔は頼りがいのある父のようで、応介は成長が楽しみな後輩だ。期待で響子の口元が可愛らしく崩れる。

「だなァ――でもこれからだよ。ドラマインソムニアは好評だし、もっと共演の数も増えるだろうな……ケド、役が濃すぎてオファーに明らかに影響出てるよなぁ」
 確かに、と二人は思う。烏丸・九郎というキャラ独特過ぎて両性具有とか明らかにそっち系のオファーが増えている。
 翔としても、共演者にいる実の娘今はお留守番説明できない事が増えて行くのは困り物で――気遣うように向けられた聖女のような響子の笑みと、差し出された糖分高めの料理に胸が痛くなった。


 宴会の席はただ和やかなだけの場ではない。
長谷部ハセベ ツトム来瞳クルメ ジュン。二人が向かい合って座る事になったのは運命の悪戯か。劇中でも夫婦、リアル役者同士でも夫婦――なのだが演技でも剣呑、役者同士は公然の不仲関係。
 そんな二人の間に流れる空気も穏やかでなく、今の所彼と彼女の形成する空間に入り込めたのは料理を回しにきたアンナだけ店員すら臆したためである。

 ふつふつと、煮立った鍋は地獄の窯の中のようだ。二人の間には手を触れただけで手酷い傷を負いそうな熱気が立ち込めている。
「……ポン酢を取ってくれないか?」
「自分で取ればいいでしょう」
優し気な表向きは役柄と反し、勉の演者は強面で言葉も硬い。それでも、精一杯柔らかくしたつもりだが――妻に素気無く返された。
 ポン酢の容器の位置がこれまた厭らしい。勉の体格なら届く――が、勉の体格でも苦しい。これは嫌がらせだ。人前で可能な、精一杯の。一応、愛している自覚はある故ナイーブな気持ちにもなる。

「あの、すみません。お鍋……少しもらっていいですか?」
「どうぞ。私には多いから好きなだけ持って行って」
 横から入って来た応介後輩に対する諄の物言いは、普段よりも優しげだ。
 対して勉は応介へ労いの言葉をかける。きっと共演者と話したくて来たのだろうと、そう踏んで。
 とても嬉しそうに礼を告げる応介へ、諄も険しい顔を崩す。
(彼がいてくれてよかった。と目を合わさないで済む)
嫌悪敵意か、照れ隠し好意か。胸の裡は観測者にすら明かす事でなく、彼女が初々しい後輩を可愛く思う気持ちは本心ではあるが――それ以外の打算、目的は笑みの中へ消える。

同じ人物応介を介して話しているようで、実は互いを、ちゃんと見てない。意図的に見ないフリをしている――歪な空間が静かに広がっていた。


「ッかー! やっぱ仕事終わりの一杯は染みるわー!」
 シン=ローシンクは端正な容姿に似つかない飲みっぷりおっさんのようなを発揮していた。ノンアルコールを飲んで酔っ払う未成年の役、しかし酒は飲めないし役者は成人済み撮影は一人ソロで気が重い――ので溜まったストレスが飲酒にぶつけられていた。これが非常に……気分がいい。

 そしてシンの近くで色々と叫んでいる若者が一人。
「やっぱりさー!!」
「うんうん」
「俺、演技全然だからアクションがメインになるのはわかる。でも色々やってみたい! かっこよく推理とか! 共演とか! ロマンスラブとか!!」
「うんうん、北斗くんの気持ちよーくわかるよ。でもアクションを極める事で到達できる世界もあるのさ。体作りは大変だけど北斗くんには素質がある! 一緒にアクション系ダイバー役者としてでっかくなろうぜ!」
「坂品さぁん……!!」

葛飾カツシカ北斗ホクト護国モリグニ・マコト――役の坂品 健次郎。
 北斗は男性アイドルグループで有名な大手事務所に所属している。演技と歌はパッとしないがアクションやダンスについては評価が高く、近日中に初のコンサートを控えている。
 健次郎は他の演者よりアクションシーンの比重が多く、生来の人柄と立ち回りの近さアクションメインもあり、共演経験のない北斗とも意気投合したらしい。
 尚、北斗は未成年のはずだがソフトドリンクノンアルコールでべろんべろんだ。

「兎も角、先ずは演技の上達と長編の出演! できれば共演増加だー!」
「共演! いいですわね!!」
 何時の間にかへべれけ状態のシンもしれっと加わっている。実は彼女、他の演者と共演した事がないのを気にしているのだ。
それはそれで共演、緊張はしますよええ、ええ! でもでも寂しい役をしてはいられないわ!)

 酒の勢いで入って来たシンを酔っ払い達片方はノンアルだがは快く受け入れる。
 その最中、健次郎が大声を上げた。

「え?! 今からしづちゃんが入るって!??」
作品『東京インソムニア』の名物キャラ・東尾ヒガシオ しづ。彼女のファンである健次郎が立ち上がるが、それが霞むぐらいしづの登場は動揺と興奮を生んでいた。


そして――十分ぐらい経ち


「みなさん、こんばん――……」
 健次郎中心に出来上がった歓迎ムードに、保護者に連れられてやってきた彼女しづ役の少女はちょっと、引いたとか。


【執筆:樫木間黒】


――ドラマ『東京インソムニア』特集号 より



 実性別問わず! 最大級の美少女アイドルグループとして世に送り出されたAPC47は、今最も世間を熱狂させている。今月はドラマ『東京インソムニア』について、出演した四名にインタビューを行った。

「有名な役者さん達に囲まれてすっごく緊張しました!」
と語るのは、三五月モチヅキ アイ役を熱演した皐月 アイリ。秘密組織vedaの被検体であり、少年と少女の多彩な表情を見せる難しい役どころを確かな演技力で魅せた。
「皆やマネさんとも共演できて良かったです♪」と一番の笑顔。彼女はドラマ内で『うぇいにゃん』として高い歌唱力も披露している。

 作中ではなんと男性役を演じきった日野ヒノ カナタ役の夜野 カナミ。グループ内ではダンスの抜きん出た才能で、海外進出も果たしている。
「男の子役は新鮮で楽しいんですけど、制服合わせようとしたら胸の調整必要ないって言われて……えっみんなそこで納得するの!?」
 異性役を演じるにあたっての苦悩(?)も語る。

「僕は役と同じで関西出身なんですけど、台詞で関西弁っていうのが難しくて。普段は使わないようにしてますし」
高町タカマチ 雪緒ユキオ役で男でありきれない少年を繊細な演技で表現した藤代 ユウキ。役柄のさっぱりした語り口から一転はにかみながら「役もアイドルなので、ステージのシーンはちょっと不思議な感じがしますね。うっかりいつものユウキにならないように頑張ってます」と一言。

――ドラマ『東京インソムニア』~舞台裏アイドル達を突撃!~より抜粋


「最後にインタビュー良いですか?」

 雑誌に載せる記事のための取材中。そう問われて上げた顔は、どこか不機嫌そうでさえあった。整った顔立ちの彼はアイドル。今はAPC47のマネージャーを務めている。他三名のインタビュー中も常に少し後ろで控え、フォローを入れたりと忙しなく動いていた。だが彼もまた、叶枝カノエ 祈理イノリ役でドラマに出演するれっきとした役者の一人だ。

「現役アイドルは引退したってのになんで俺が……ただのマネージャーになに期待してんだか」

 纏う雰囲気はまさに叶枝 祈理そのものだ。取材担当インタビュアーが思わず息を呑んだところで、そんなマネージャーの背をどんと押すものがあった。皐月アイリだ。

「マネさんは入っちゃうタイプなんですよねっ! インタビュー大丈夫ですよ」

 押されて前のめりになりながら、困ったようにアイリを見る。けれどそこで少し表情を崩し、頬を掻いた。

「あーはいはい。拒否権ねーんでしょう。せめてうちの子達より目立たねーところにいます……はい。僕、役抜けねーんで。祈理役、癖になってます今」

 そんなやり取りを横目に、藤白ユウキはソファで休む夜野カナミへ買ったばかりのジュースを渡した。本日は写真撮影も行うため、カナミはドラマと同じく男装だ。

「ありがとー! こういうの楽しいけど疲れちゃうね」
「うんうん。ステージとはまたちょっと違うね」

 あ、でも。ジュースを一口飲んでカナミは可愛らしく頬を膨らませた。

「後半、胸のことばっかり聞かれた! うう、胸大きくても踊りに邪魔なだけだからいいんだけどぉ」
「あらら、カナの魅力は胸じゃないのにねぇ」

 賑やかにして華やか。今を煌めくアイドル達はとても仲睦まじいてぇてぇ



 ステキなコンビを紹介するこのコーナー。今回はドラマ『東京インソムニア』特集により、二組の『家族』役者コンビを突撃して話を聞いた。


長谷部ハセベ ツトムさんと来瞳クルメ ジュンさんはご存知美男美女のご夫婦。ドラマ内でもクールで辛口な夫婦役で強い存在感を示した。

――お互いの役柄についてどう思いますか?

「今よりずっと女性らしくて魅力的だな」
 そう言って肩を竦める勉さん。すぐさま「そうですね。いじめっ子らしくて似合ってるんじゃないでしょうか」と返す諄さんも負けてはいない。
 どこか冷たくピリッとした雰囲気が魅力の役柄と同じく、お二人の応酬は実にドライだ。「あ、この人のこれ嫌みですからね」と来瞳さんが付け足すと、「あれくらい女性的にすればいいのに」と嫌みと煽りが止まらない。
 妻と口喧嘩が絶えず手も出るなどの噂もあるが、二人の間には遠慮のない独特の繋がりを感じさせた。
 これもある意味、長く夫婦仲が続く秘訣なのだろうか……?


 狩野 諒太さん、狩野 棗さんは仲良し兄妹きょうだいコンビ。諒太さんは縁黒フチグロ 猟児リョウジ役で俳優初挑戦。印象強い役柄を快演し話題になった。
狩野崎カノサキ 千夏子チカコ役の棗さんとはSNSでも仲の良い様子が見られ、様々な媒体からファンを楽しませている。

「俳優初挑戦で妹と共演って、運命みたいじゃないですか。すごい喜んだんですよ。喜んだけど敵役だったんですよ……!」
 相当ショックだったようでデスクに突っ伏してしまう諒太さん。それぞれの役柄である縁黒 猟児と狩野崎 千夏子は、シーズン1中においては敵対組織に属していた。
「おにいが騒がしいのはいつものことなんですけど、その時は流石に騒がしすぎて着信拒否チャッキョしましたね……」
と棗さん。ショック強度の一因、もしやそれなのでは……?

――『芸能人コンビ愛語り!』より、それぞれ抜粋



「この記事、並べて大丈夫なんです? 温度差……」

校正刷ゲラをちらりと見て、諄がくすりと笑う。まるで演技と変わらぬ妖艶さに、隣で見ていた棗は目を見開いた。

「でもご夫妻おふたりも仲良いですよね。息ぴったりだし」

 棗の女優歴はそれなりに長い。来瞳らとの共演も『インソムニア』だけではないし、本当に仲が悪かったらあんなに上手く演技がハマるわけないもの――と一人頷く。

「それに、どっちも相当上手くないとダメですよね。憧れちゃうな」
「棗さんも流石だったけどね。ああでも、前の奴のイメージ強くてびっくりしたが」

 今度は勉が目を細めて言った。前の奴とはデスゲームを題材とした作品で、勉と諄の初共演作品でもある。当時の棗はまだ、大人しい役どころばかりを任されていた。

「インソムニア以降、新たな才能が開花したというところですね。ああ、次こそは仲良し兄妹役で共演を!」
「それもう普段オフと変わらなくない!?」

 ……仲の良さもまた人それぞれ、なのかもしれない。



――都内、取材室にて。

 かつて宝塚では娘役トップだった月森ツキモリ 沙彩サアヤ役の月森 彩吹イブキと、男役トップだった今里イマザト 久遠クオン役の久遠寺クオンジ 真理依マリイ。今は両者とも女優だが、二人並べばなるほど圧巻の『華』がある。
「口調? ああ、実は夜の姿の方が素に近いんだ」
 にこやかに笑って真理依が口を開く。普段着であってもその立ち振る舞いは、しゅっとした格好良さで構成されていた。テレビ女優となった今もファンからの呼称は『マリー様』、王子然とした美しさは変わらぬどころか増している。
 しかし取材を重ねるうちに、照れたように表情を崩す。
「撮影の時、カメラが近いのは少し緊張するね。まだ少し慣れない。彩吹の方が度胸が据わっているよ」
「そうだね、特に緊張はないかな」
 答える彩吹の外見は華奢で清楚、愛らしく女性的だ。けれどその言葉には力強さが見える。
「ファンの一部には『王子様』と言われているとか?」
取材担当インタビュアーがそう言葉をかけると同時、二人は思わず顔を見合わせる。そうして、かつての舞台に想いを馳せるように、笑う。
「転びかけたファンの子を片手で支えたのが、あまりにも格好よかったって伝説だよ」
「もう、真理依さんたら。でも真理依さんも、普段緊張してるようには見えないけど」
 度胸には自信があるけどね! と胸を張る彩吹から垣間見える胆力に、頷く真理依はどこか繊細にも見える。それは不思議と、各々の演じた役柄にも重なった。



「わ、今の人すっごい美人だった……!」
 彩吹、真理依と入れ替わりにやってきた少女は目を丸くした。連れの男性は思わず苦笑したが、その様相にもどこか親しみが見える。
青柳アオヤギ 佐保サホ役の彼女と、辻子ズシ 常若トコワカ役の男。今日は改めて脚本を読み合わせ、それぞれの役解釈を行う予定だった。
「今回も難易度高くないです? この流れならもっと親しみ生まれるでしょ……!」
 劇中の青柳 佐保の性格とは一転、良く通る明るい声で言い放つ。
「確かに常若、佐保ちゃんのこと全然興味ないからな。台詞の印象で演技したら、監督に違う違うってダメ出しされてさ」
 対するもまた、辻子 常若の役柄ではあまり見ることができない柔和な笑みだ。脚本を読み直しながら、噛み締めるように頷く。
「佐保ちゃんが目の前で危ない目に遭えば、手は伸ばすけど。間に合わなくても『間に合わなかったな』で済んじゃうのが常若で」
「ひどい!」
「理解ある大人に見えなくもないのにな。キャラ掴むまで苦労した」
 二人楽しげに笑いながら台本を読み、やがてぽつりと。
「歳の差あるけどラブだって有りでしょ、って私なんかは思っちゃうんですけど、そういう展開無いんですよね……行動だけ見たらカップルみたいなのに……」
 この回なんてアロハで海ですよ、なのに……。ああ、どんどん虚無の表情になってしまう。
 さて、シーズン2で進展ばんかいはあるのか。そこもまた、二人のファンとしては楽しみなところなのではないだろうか。



水粉ミズコ 郁琉イクルは緊張していた。彼は今をときめく若手俳優、『東京インソムニア』での大抜擢で一躍人気となった。このような取材は初めての経験だ。
 しかし、共演者の苧田オダ 牧彦マキヒコの姿を見ると思わず頬を緩めた。郁琉は同名の水粉 郁琉役の他、牧彦の『夜の姿』役も担当している。
「姿違いの同じ人って、演じられるか不安だったんです。けど、牧彦さんが上手く合わせてくれてちゃんと同じ人になってて、あーこれはすごいなって」
 初めて画面で確認した時のことを思いだし、郁琉は静かに目を閉じた。対する牧彦は、うんうんと微笑ましげだ。
「郁琉さんの演技が、はっきりどんな人物かわかるくらい鮮明だからできたことだよ。あれは将来が怖いね。もとい、とっても楽しみ」
 その様子を見て春石ハルイシ ユウも同意するように頷いた。現在25歳、芸歴は20年の大ベテランだ。
「お二人の演技は丁寧というか、これは相当練習しあわせてるなと。俺達も頑張んなきゃなって」
「あはは、やだなー。春石さんストイックだから……。知ってます? 役作りのためにわざわざ徹夜で仕事したりしてたんですよ」
 憂の言葉に少し呆れるように言ったのは新人大学生俳優の五藤ゴトウ 真夜シンヤだ。その言葉には親しみがあれど、根底にある尊敬の色を滲ませている。
「そうなの? 憂さんは毎回すごいなぁ」
「はは。終電とか久しぶりに乗ったけど、終電で帰宅する会社員の方が本当に多くて。驚いたな」
 しみじみと、そして少し心配そうに眉を下げて言う憂に、牧彦は感心したように目を見開く。
「改めて台本を読んで思ったんですけど、個性的な役が多いよね。郁琉さんも二つの役、年齢も性格も違ったりして。しっかり演じ分けてて、おじさんびっくりしちゃったよ」
 そこで、「年齢と言えば」と真夜が少し身を乗り出した。
「最初、こんな年上役だと思わなくてー。怪しい色気なんて言われても困るんですよね……」
 五藤 真夜といえば現在、女性ファンを中心にスーツ写真集が大ブーム真っ只中。『男の色気』を売りにすることがどうしても多いが、本人にはなかなか苦悩があるようだ。
「五藤君、酒飲むシーンが多いんだよね。あれ全部演技なんだよ」
「下戸なんで芝居中は水とかノンアルお願いしてて……役は酒好き設定なんすよね。これがなかなか」
 そこで郁琉と目が合い、真夜は小さく微笑む。役者道は長く険しく奥深い。新人二人はだからこそ、お互いに思うところがあった。そうして気を引き締める。
 そんな様子を察したのか、牧彦がぽんと温かく郁琉の肩を叩いた。大丈夫だよ、とでも言うように。
「五藤くんならできるよ」
 憂も物腰柔らかく頷く。「ありがとうございます」と返す真夜もまた、どこか真っ直ぐに前を見据えた。

――ドラマ『東京インソムニア』シーズン2直前。一気見するなら今をおいて他はない。


【執筆:夏八木ヒロ】